第5話 マジュツシ
光が漏れる部屋に辿り着き、隙間から中を除けば、彼がいたことに安心する。
そして安心は次の瞬間、驚きに変わった。
「っ……」
息を呑む。黒い炎のような何かが彼の手のひらから舞い上がり、宙に数枚の紙を吐き出した。見間違いではなく、確かに一瞬だけ炎が手のひらから現れた。
「………ふぅん…」
二本の指で紙を取り、掲げたまま気だるげな呟きを残す。
(…魔法みたい)
何もない空間から炎が現れ、紙が炎から吐き出される。そんな希有な光景に内心緊張が走る。
その紙を真後ろへ投げれば、足元から蔓のような黒い糸が這いだして紙を取り、机に無造作に置いていく。傍に置かれていたペンで何かを走り書いてもいた。
次々と這いだす謎の糸に目を奪われていると、一つ彼は嘆息し、頬杖をついた。
「そこで何をしているのかな」
人外が指を弾くと押さえていた扉がゆっくり開いていく。
寄りかかっていたナギも、つられるようにして前のめりに部屋へなだれ込む。
「……あの…その」
「眠れないのかい。無理もない、君の身体には"色々"あり過ぎた」
身体を傾け、足を組んでナギを見つめる。布の隙間から覗く赤い目が、彼女の何もかもを見透かすように輝いている。
妙な威圧感のある目に退き腰になったまま、彼女は言葉を絞り出した。
「………貴方は…その…何者なんですか……」
まずはそれだった。彼女はまだ、彼の名前すらも知らない。何より今の謎の状況。兎に角興味がそそられた。
「辺境に追放された魔術師」
彼女を見ようともせずそう答える。魔術師。気になる単語に、さらに深い興味が湧く。
「…じゃあ…それは、魔術なんですか」
ソレ―――足元から這いだす糸のことを指していた。よく見れば糸ではなく、所々薔薇のような小さな花だったり棘が生えていたりもする。色は彼自身を表すかのような深い黒。
「それ…?………ああ、これか……まぁ…魔術の一つだね」
薔薇を引き寄せ、指で摘まんで何かを確認する。
「…………」
「………」
話が中々続かず彼女は困っていた。
「…あの」
「ん…?」
「……私は…どうやってこの世界に連れてこられたんでしょうか」
どうにか絞り出した質問は、きっと彼も知らないことだった。だから詳しい答えが返って来るなんてそもそも思ってもいなかった。
「さあ、ね」
返された返事は、素っ気ないものだった。
「…予想とかもできないんでしょうか」
「無理だ。僕が君を初めて見たのは『奴隷市場』だ。それより前のことは知らないよ」
声は荒げないが、そこには突き放すようなものが含まれている。
「…本当に奴隷だっだんですね私」
「奴隷だよ。―――でも、元奴隷だ」
「……じゃあ、今は」
長い指を向けられる。
「今の君に奴隷らしさがあるかい?ないだろう。そういうことだよ」
組んでいた足を解き、立ち上がって彼女の前に立つ。二メートルはある身長のせいで彼は否応なしに圧力を与えていた。
「ほら、君の部屋に戻りなさい。君の今すべきことは無理にでも眠ること、それだけだよ。寄り道はしないように」
「え………――…はい」
何か言いたげにしながらも、素直に従う。廊下に出され、扉を途中まで閉められる。振り向けば、彼は既に椅子へと歩き出していた。
「…………――」
聞こえないよう溜め息をつき、元の部屋へと歩き出す。奴隷という身分は精神的にも辛いものがあるのだと悟った。自身が買われた身ということを、改めて思い知らされた。
まだ虐待のような扱いをされないだけ幸せだと思い込もうとするが、どうしても上手く行かず、言いようのない苦しさに痛みを覚える。
ふと見た廊下の奥、何かが蠢いているような気がした。
黒バラ術士の愛玩眷属 スド @sud
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