第4話 ゆったり、ゆっくり、落ち着かず





 しばらく取り留めのない会話を続け、やがて寝室と思われる場所から全く別の部屋に案内される。

 寝室を出て長い長い廊下を歩いた突きあたり。そこの扉を開けると、その先には純白の空間が広がっていた。

 白く大きなベッドに柔らかなクッション付きの椅子にソファ。黒地に白い模様が掛かれたカーペット。大量の本が収められた本棚に、壁に作られた大きなたくさんの窓。何もかもが綺麗に整えられていた。

 軽く見惚れていると、隣から声を掛けられる。

「悪いけど、この部屋で今日から過ごしていて欲しい―――…といっても、今日は寝るだけだと思うけど。この世界についての詳細は、明日にでも説明する」

「え、あ、え」

「じゃあ、お疲れ様」

 取ってつけたようなねぎらいの言葉を掛け、扉を閉じる。何から何まで理解できず、ポツリとナギはその場に取り残された。



 とりあえず状況を掴もうと部屋全体を模索する。といってもここにある物は必要最低限の家具だけで、確かに立派な物ばかりだが、現状を掴めそうな情報は含まれていなかった。


 前提として、まずここが"異世界"という話は嘘ではなく、本当なのだと結論付ける。もしこれがただのドッキリだとすれば、いくら何でも性質が悪すぎる。記憶障害を引き起こすような真似をしてまで、するようなことでもない。

 次にあの男性―――人外について考えていく。記憶障害、薬、そしてこの家――――触り程度の説明はされたが、それだけで理解できるほど頭は良くない。

「……柔らかい」

 ベッドに触れるとほどよい感触が返って来た。どこか遠慮がちにベッドに寝転がると、ふと"硬いベッドの感触"を思い出した。

(………硬いベッド…?)

 何故そんなことを思い出したのかまでは分からず仕舞い。記憶障害は結構酷い状態らしいと再認識する。

 レベルとしては、名前は思い出せたが、苗字が思い出せない。日本人、高校生ということまでは分かる。しかし、日本のどこに住んでいたのか、家族構成という簡単なことも答えられない状態だった。


 一体どれほど強い薬を投与されたのかと心配に思う。

 そんな中、ふと左手首を見れば、何本もの注射の痕があった。その真下には赤い痣のような一線。

(……あぁ…そういうこと…)

 どうやらろくでもない日々を送っていたことは確からしい―――彼女なりに察するものがあった。

「………」

 寝返りを打ち、天井を見つめる。壁同様、天井もどこまでも白い。

 窓の外に目を向ければ、既に日は大きく傾き、暗闇に支配され始めていた。なのに部屋は自ら発光しているかのように明るいままだ。

 電灯も何もないのに明るい。不可解な光景だった。









 疲れがたまっている筈が落ち着かず、何度も寝返りを打っては瞼を開くことを繰り返す。

「……ぅん」

 呻きつつ起き上がる。いつの間にか部屋は暗くなり、一切の光もない光景が広がっていた。

「……」

 ベッドの上に座り込むが、落ち着かず、降りる。そのまま廊下へと繋がる扉に向かい歩き出した。

 辛うじて大窓から差し込む月明かりを頼りに扉を開く。その先も、やはり闇が広がっていた。

「…ぁ」

 奥の部屋から漏れる、僅かな光を除いて。





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