黒バラ術士の愛玩眷属
スド
第1話 Great Escape
国の名は【光の国】。
特産品はガラス細工の美しい品々。
昨年の人口調査によれば、王の住む都だけでもその数はおよそ九百万を越える。
国旗に描かれるのは白薔薇。国の代表魔術は『光』。
光の国は数百年前の戦争以来、常に先陣を切ることを許された国家。
王都の名前はウシュック。
不穏な気配が漂いつつも、まだ光で溢れた外面を保ち続けていられる場所。
国が嫌うモノは――――『影』。
王都ウシュック。その路地裏にその店はあった。
貴族御用達のオークション会場。市場には出せないような物を流す為の場であり、ここで犯罪の一言は通用しない。
光で溢れる国。しかしこうして影で暗躍する者は例外なく存在することを―――自身がそうである為、彼は知っていた。
黒布で顔半分を隠し、壁のシミに徹しながら成り行きを見守る。見守るというが、別に目的があってここに居る訳でも無かった。『命令』の帰り、休める場所を探した結果だった。居場所がない。そんな彼にとって、ここはまだ幾分かマシだった。
ただそれはマシなだけであり、ここを居場所とするには問題がある。彼のひっそりとした来店に誰も気付いていない現状こそが彼にとっての安らぎだった。
端に置かれたワインを開け、ボトルごと口をつける。作法のない彼の行動に、だが眉を顰める者はいない。
「…………」
黙ってステージ上の商品たちを見つめる。そこに立つのが、今日の目玉ということだ。
奴隷―――身寄りのない少年・少女を売買することも、表なら兎も角ここでは咎められることはない。寧ろ、死ぬか生きるかの立場だった者にとって、ここは生命線。最後の好機。だから彼女や彼は必死に媚びを売る。何をしてでも買われるために、飼われるために。
愛玩用、雑務用、etc……その首に掛けられた札に、詳細が綴られているのが遠目にも見える。
「では50で確定!」
一人の人間が今買われた。性別は女。容姿からして、明らかに雑務用ではない。愛玩と見るべきか――――そもそも貴族相手なのだから愛玩以外に買われる者なんていないかと思い直す。雑務は使用人を雇えばいい話だった。
金額は50。奴隷にしては良い値段だ。奴隷が幸せかどうかは知らないが、することさえすれば、きっと上手くやっていけるだろう。
「……さて、次で最後となりました。正直に言うならばあまりもの。しかし好みの方がいないとも限りませんので、お出しさせていただきます」
ボトルを口に付け、状況を見守る。
「最後は"異世界の人間"でございます。半年に一度開く扉の向こうからやってきた少女。皆様のお目に叶えばよいのですが…」
異世界の人間――――そう聞いて何人かの客が腰を浮かせた。異形に人間に、皆の視線がステージに集中する
『彼』もその一人だった。
(人間―――それも異世界の人間か)
ボトルを置き、壁から離れる。人間という種族はこの世界にも多くいるが、"異世界の人間"というのは珍しいと言えば珍しい。内側を除きこの世界の者と大差ないソレは、"この世界"にも少ないが存在する。ならば何故異世界の者だと強く推すのかと言えば、彼、または彼女は何も知らない為、そういった者を一から育てたいという嗜好を持つ者もいるからだ。
大抵はそういった目的に、もしくは愛玩用だが、中には婚約を結ぶ者もいる。だからどうだこうだ言う訳じゃないが、そういう奇特な者もいる。
「投与薬物は新薬である言語合わせ。教育を施すことなく会話が可能となっております。短所は――――壊れやすいことくらいでしょうか」
(言語合わせ………魔道結社の新薬か)
聞いたこともない薬物に、内心拒否反応を見せる。無理やり言語中枢に干渉する時点で、あまり良さげな薬物でないことだけは確かだ。
純粋にそれの出所が嫌いということもあるのだろうが。
だが自分にはあまり関係の無いことだと、ステージから目線を逸らし、ボトルを再び手に取る。
そこで事件は起こった。
何故か一向に、商品である人間がステージに現れない。商人も笑みを見せながら、微かな焦りが垣間見える。
慌ただしく動く商人側を見て、客のざわめきも高まり始める。その内の一人からブーイングが飛んだ。
「…え……あ…その……申し訳ありません。どうやら……脱走した模様で……」
言葉に詰まりながらも商人が語る。次の瞬間にはざわめきが完全に文句へと化した。
「すぐ、すぐに回収して参りますので、どうか………」
鎮静剤を打たなかったのかと、もっともな意見が飛び出す。
「いえ………確実に鎮静剤は打ち込んだのですが……――それでも、この有様でして…」
(………………)
そこまで聞けば十分だった。手にしたボトルを再び置き、ひっそりと会場から抜け出す。
喧騒を背に外へ出れば、雨が降り始めていた。
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