第2話 掃き溜めにツル




 そっと引き寄せ、商品とされた少女をよく見てみる。小汚い格好、整えられていない伸ばし放題の頭髪、痩せた身体――――そんな中、ただ一つだけ光るものを見つけた。

「…へぇ……」

 濁った汚水のような暗い瞳。それと相反するようなこの行動。意思を奪われても尚、逃げようとした強い意志が垣間見える。

 例えるなら水と油が混ざり切った"何か"。矛盾が生きて歩いているような存在。その異様さには……今のところ、誰も気付いていないだろう。


 ―――丁度、"汚い金"が転がり込んできたところだった。



 ようやく追いついた商人達の群れが、彼を見て、目を見開く。

「…貴方……は…―――"黒薔薇"……?」

 汚らしいものを見てしまったかのように、商人が一歩後ろに下がる。それに伴い、周囲の仲間も下がり始めた。

「…――…」

 慣れた自身の扱いに嘆息し、さらに少女を引き寄せる。


「何故貴方がその商品を…?」

「先程まで僕もあの会場に居たんだ。騒ぎは全部、聞いている」

「…そう、ですか……―――――……」

 商人が何か言いたげにしていたが、どうやら飲み込んでしまったらしい。ただの貴族や魔術師であれば下手に出ながらでも商品の返却を頼み込むところだろうが、今回は相手が悪い。

 大事な商品を捕まえて抱き留めているのは、この国で最も忌み嫌われ、その上とても厄介な存在だからだ。

「………商人。この子供の価値は幾らだ?」

 今回ばかりは、それが有利に働くらしい。

「……価値………とは……?」

 虚をつかれたような顔を見せ、硬直する。周囲の仲間も、訝し気な表情で彼を見つめていた。

「僕は"客"だ」

 その言葉に、商人の目が一瞬輝いた。


「ただ、立場上僕はあまり目立つことが出来ない。だから君の言い値でいい。それでこの子を買う」

 "言い値"には色々と含んでいる。騎士団に漏洩すれば結構な厄介事に発展するが、一度"権利"を得られれば彼の勝ちだ。

 その為に彼は"言い値"でいいと言った。向こうもリスクを背負うことになるが、それを上回って尚、プロとしての仕事をさせる為に。

 少女の生きる道を手に入れる為に。

「……よろしいのですか………?」

 念を押し、確認を取ろうとする商人に、これ以上の会話は無意味だと首を振る。

「早く決めてくれ。そうじゃないと僕の気がいつ変わっても知らないよ」

 事を急かせば、商人は慌て始めた。

 周囲と相談を始めるその隙に、肝心な少女についての情報を集める。

(……そうか)

 少し身体を離し、胸のプレートを見る。出身はやはり異世界。種別は人間。性別は女。生後十七年と三か月(異世界計算)。

 垂れさがった長髪は酷く痛み、顔は髪でよく見えない。小汚い恰好は、愛玩としての魅力もそそられない。骨と皮に近い腕からして、雑務にも向かない。

 仮にあの会場でそのまま大人しくしていたとして、価値は高が知れている。


 だが、何故かとても気に入っていた。この何もかもが矛盾した状態。澱んだ目をしている癖に心はどこか純粋で―――…もう、一目見て、気に入っていた。

 

「相談中悪いが、商人。この子はどんな状態だ」

「え」

「この子の体調に関しての情報が欲しい」

 少女自身の情報は多少集まったが、問題は内側だ。どの程度弄繰り回されているかにより、"今後"の対応が異なってくる。

 とても重要なことだ。


「え、あ、と………先程会場内でご説明しましたように、言語合わせの新薬、そして鎮静剤による意思の剥奪を行って…いたのですが…………あ…その…ご安心ください、解除する薬は勿論―――」

「……いや、解除薬は必要ない。そういうものは僕の得意分野だ」

「……そう、ですか……はい、では……―――はい…」

 端に控えていた部下に命令を下すが、皆動きは緩慢だった。商人の部下も誰もかも、困惑の声を上げつつ、会場へと走り出す。

 コートを脱ぎ、頭から被せ、もう一度抱き寄せる。小さな身体は彼の身体にすっぽりと収まってしまった。

「運が悪いのか良いのか……君は僕に気に入られてしまったね」

 だらりと下がった少女の手を取る。手袋越しに感じる感触は、まさに骨。

「掃き溜めへようこそ。歓迎するよ」

 虚ろな目のまま少女は彼に身を寄せた。









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