雨の夜

ゆんちゃん

雨の夜

 舞台は雨の夜。

 特に冬なんかがいいだろう。この嘘を成り立たせる最高の舞台だと言える。

 冬はマイナスの季節で、どんなにいけないことをしても冬だからという理由で許してもらえる気がする。そんな幻想的で、ファンタジックな季節。

 サアサアと降る小雨は少し肌寒く感じた。僕は今雨の夜のカフェのパラソルの下で座っている。パラソルはいくつかあるが、僕以外にはいなかった。

 煙草に火を着ける。紫煙は闇に消えていく。

 指先に触れている艶やかな樹脂は気温に負けて、というよりも冬独特の雰囲気に飲まれて、触るだけでヒヤリと指先に刺激を与える。純黒の表面が光沢によって風景を反射していた。その中に僕の顔も映る。ひどい顔だ。死人のように青ざめている。

 コツコツと堅い足音が響いた。それは僕に近づいてくる。

「やあ、君もここを見つけ出したんだね。もう僕しかいないかと思ってた」

「あなたも? 私もそう。でも人間はみな死んだわ。私たちみたいな化け物しか、もういない」

 彼女の姿は人間そのもので、言葉と矛盾している感じがするが、しかしそれは紛れもない事実である。

 やはり夜には黒が似合う。世界を二分する、片方の色。彼女の髪は雨に濡れて黒に少しの光を反射する。

「人間って本当に脆いのね、本当に血がなくなれば死ぬ。内臓が傷ついただけでも死ぬ。これでは命がいくつあっても寿命のうちに千回は死ねそう」

 僕は疑問に思った。人間と僕らの境目って? 確かに僕らは人間の子宮から生まれてきたわけではないし、人間よりも丈夫なつくりをしているが、姿形は人間そっくりだし、内臓の機能だって人間と同じように動作している。僕らと人間の違いは単に、自分のことを人間だと思っているかそうでないかの違いだけなはず。

「人間はどんな風に死んだんだい?」

「私が見たのだと紛争地でハチの巣かガラス細工にされたのがたくさん。それと、頭を銃弾で撃ち抜かれたのが何人か」

「ふうん、そう」

 吸い終わった煙草を投げ捨て、新たに火をつける。捨てられた煙草は雨で命を消され、魂のごとく煙が昇って行った。人間の嗜好品というのはどうもおかしな感じがする。ただでさえ弱い人間がなぜ寿命をわざわざ削るのだろう。

「それ、私にも頂戴」

 煙草を口に着けると、彼女は僕に顔を寄せてきた。煙草から煙草へと直接火を渡す。命の受け渡しのようだ。

「君、嘘は好き?」彼女は煙を吐き出しながら言う。

「うん、好きだよ。特にこんな雨の夜なんかだと最高」

 小雨はまだしんしんと音を立てる。

「私、あなたのこと好きよ」

「僕もさ」

 けらけらと笑う。

「演技ってあるじゃない。芝居だとか、ステージだとかの。人間が好んで見ていたあれ。嘘を嘘で塗り固めて、客も嘘を楽しむやつ。私、あれを見てみたの。そしたらすごく面白くって、なんで人間って弱いのに素晴らしいものを作ることができるんだろうと思った」

 そう言ってタンタンとステップを刻み始めた。水たまりに足が付くたびに水滴が飛ぶ。

 タタンタタタン

「嘘を嘘で塗り固めてもできるのは虚構で、ただ虚しいだけかと思っていたけれど、案外そうでもないのね。私も嘘が好きになった。私も今度から嘘をついていこうと思うわ」

「嘘しか言わないのもどうかと思うけど」

 今度はクルクルと回り始めた。バレリーナの真似をしているらしい。

 クルクル、ピシャピシャ

 煙草の煙が渦を巻く。

「嘘も時には必要なこと。私たちの上司は頭の固い人ばかりでつまらない。気分を休めるためには嘘も必要」

 何本かの街灯がステージライトとなって彼女を照らす。時にはライトから外れて、また照らされて。

「ねえ、あなた、どんな風に死にたい?」

「雨の夜に銃弾で撃ち抜かれたい」

 そういうと彼女は銃を取り出す。

「私がそうしてあげようか」

 なんて言ってからくすくすと笑いだして

「なんて冗談。私たちは勝手に死んではいけないことになっている。破ったら面倒ね」

「そうだね」

 踊りは終わった。

「もう終わり?」

「もう疲れたわ。人間も死んでしまったことだし、しばらくこの街で暇をつぶしてから基地に戻るわ」

 そういえば今この街には僕と彼女の二人しかいない。ロマンチックな情景だ。

「あなたはどうするの?」

「考えていない。カフェでコーヒーでも飲んで休んでいようかな。人間が好む飲み物だ」

 僕たちは人間の真似ごとをする。人間の娯楽は楽しいものが多いから。

「そう、それじゃあね」

 背を向けて歩いていこうとする彼女。黒髪が振り向きざまに靡いた。

 静かなステージは終わった。息の泊まりそうな静寂。僕は彼女に銃口を向ける。

 焦点は彼女の頭の真ん中。手に持った銃がまだ冷たい。

 よく狙いを定めて、指を引き金に掛ける。

 引き金を引くと、女は赤い赤い血をまき散らしながらその場に倒れこんだ。

「やっぱり死ぬんだね、僕も嘘は好きだよ」

 まだまだ雨は降り続く。

 銃口を自分のこめかみに当てるとそこだけが熱かった。

 音が止み、街灯の光も消えた。

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雨の夜 ゆんちゃん @weakmathchart

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