エピローグ

終 平助、神に宣言する

 翼くんとの対決から三日後。僕達は喫茶店S・Cにいた。いつぞやのように奥の席に座り、コーヒーに舌鼓を打つ。当然僕は、砂糖とミルクをお供にしていた。


「そういえば。ここはサキュバスや関係者の、集会場なんですって?」

 店内には、相変わらずお客がほとんどいないけど。その分僕は充実した時間を過ごせている。なぜなら。


「ええ、その通りです。あちらにおられるマスターも、私の一族に関わる者です」

 目の前に、大事な人がいるからだ。


 湖のように青い瞳と、人形のように端正な顔立ち。

 長い黒髪を綺麗なお団子にまとめ上げ。

 豊かな胸は、セーターによって強調されている。

 佐久場澄子。僕にとって、今一番大事な人。


「それで、ですか。ここに初めて来た時、あの人が貴女の知り合いに見えたのは」

 僕は、長らく残っていた疑問を解き明かす。別に引っ掛かっていた訳ではないが、知れるものなら知っておきたかった。


「ふふっ」

 佐久場さんは、クスリと笑う。コーヒーを、優雅に嗜む。一方、僕はといえば。昨日買わされたばかりの新品の服に、悪戦苦闘を繰り広げていた。なにせ少しでもこぼしたら、またかがりさんに襲われかねない。


「お嬢様が、『見すぼらしい姿の貴様など見たくない』と仰っていたからな。感謝しろ。金? 安心しろ。貴様の給金から前借りだ」

 拉致同然に都心の服屋へ連れ去られたかと思えば。素早い手際であらゆる部位を測定され、一時間後にはワンセットまとめて購入させられていた。無論、ありがたい憎まれ口も添えてである。


「落ち着いて飲んで下さいね? まだ時間はありますし」

 そんな僕を見かねたのだろう。佐久場さんは、優しく言葉をくれるけど。


「は、はい」

 僕はどもって言葉を返す。やっぱりペースは向こうのもので。

 これから雅紀達とダブルデートなのに、全然リードできてない。

 ……。いやいやいや。向こうはデートだろうが、こっちは全然デートじゃない。ただ一緒にお出かけするだけだ。あの野郎、こっちの報告を聞いた途端に決め付けるんだから。


 ともかく、その辺はいつか分からせてやらねば。僕はちびちびとコーヒーに口をつけていき、冷め切る頃になってようやく飲み終えた。一息ついて時計を見れば。既に合流の十分前だった。


「ちょっと佐久場さん!? もう時間じゃないですか!」

「えっ!? あっ、私の時計が遅れてました!」

 なんてことだ。支払いの時間を考えると、確実に遅刻してしまう。


「ツケで結構ですよ」

 状況を察してか、マスターがサッと言葉を残す。佐久場さんがなにか言い掛ける頃には、あっという間にカウンターへ戻っていて。


「甘えましょう。遅刻します」

 僕は、なおも抗議したそうな佐久場さんの手を掴む。そのまま店外へと引っ張り出す。階段を駆け上がり、合流地点へひた走る。握り締める手が、思わず強くなって。仕方ない。後でしっかり謝ろう。


 四分。三分。二分。時はどんどん近付いて。息はどんどん荒くなって。それでも僕は、彼女を引っ張って。


「おっせーぞー!」

「佐久場さーん! こっちこっちー!」

 残り一分。ようやく僕の目が、雅紀達を捉えた。二人してジャンプし、こちらに呼びかけている。僕は左手の感触を確認して、ラストスパートへ駆け出した。


 遠い昔。「汝の隣人を愛せよ」と、神は言ったらしい。ならば。僕は神にこう言ってやろう。


「神様。私の隣人はサキュバスですマイ・ネイバー・イズ・サキュバス

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マイ・ネイバー・イズ・サキュバス( #ネイサキュ ) 南雲麗 @nagumo_rei

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