モンスターへ乾杯!
黒月水羽
モンスターへ乾杯!
とある国に不思議なお祭りがありました。
一年に一度、その日は国を挙げての祝日です。国民たちは思い思いのモンスターの仮装をして家々を練り歩き、歌を歌います。行く先々で、この日のために用意された葡萄酒や美味しいご飯。子供たちはお菓子に、ジュースをもらい食べ歩きます。
最後は国の中央にあるお城に大集合。
お祭りの日はお城が解放され、国中の国民が集まるのです。お城の中、広い庭。好きな場所で食べて、飲んで、歌って、踊り、そして今年一年の事、未来のことを語り明かします。
そのお祭りの日は日付が変わるまで賑やかで、そして国中でとある言葉を聞くことが出来ます。
モンスターへ乾杯!
国民はその日一日、大人も子供も若者も老人も、男も女も関係なくその言葉を叫びます。
では、このようなお祭りが開かれるようになったのでしょうか?
それは今から少し前、十数年ほど昔のお話です。
その年、長年国を治めていた国王様がなくなられ、新たな王様が国を治めることとなりました。
前王の一人息子である新しい王様は、跡継ぎとして大切に育てられた方でした。だからこそ少々世間知らずなところがあり、先を心配した大臣は就任のお披露目をかねて国を見て歩くことを王様にすすめました。
結果的にはこれが失敗でした。
王城からほとんど出たことがない世間知らずの王様は、初めて見る広い世界に驚き、喜び、そしてあるものを見つけてしまったのです。
それはモンスター。そう呼ばれる生き物でした。
形状は様々。無害なものから有害なものまで、様々な種類が存在する生き物です。それでも人とはかけ離れた摩訶不思議な生き物でもありました。
王様も存在は知っていました。書物もあれば、噂話で聞いたこともあります。農作物を荒らしたり、人を襲ったりと毎年一定数の被害報告があることも知っていました。
それでも初めて見る本物のモンスターに、王様は目を奪われてしまったのです。特にスライムと言われる水色のプルプルしたモンスター。口や目もなく、どうやって生きているのかも謎に包まれているモンスターですが、無害なこと。触るとひんやりしていて、独特の感触がする不思議さに王様は魅了されてしまいました。
護衛が必死に止めるのも聞かずに、王様はスライムを王城へと連れ帰りました。何もせずにプルプルしているスライムを一日中飽きもせずに眺める王様。それを見て、大臣はあきれ果てましたが、王様には一切伝わりませんでした。
それでもまだ、このときは平和だったのです。
スライムをとても気に入った王様は、他のモンスターにも興味を持ち始めました。モンスターについて書かれた本を取り寄せ、読みふけり、時にはこっそり王城を抜けだしてモンスターを観察しに行きました。
それでも、この時まではまだ変わった王様。それですんでいたのです。仕事もそれなりにちゃんとしていましたし。
しかし、問題はその後でした。
その日も王様はこっそり王城を抜けだして、一般市民に変装し、森の中を歩いていました。見たこともないモンスターに会えないかとワクワクしながら、周囲を見渡していた王様の目に飛び込んだのは国民が行う狩りでした。
それも王様が愛してやまないモンスターを狩っていたのです。
これに王様はショックを受けました。大好きでたまらないモンスターが国民に追いかけられ、殺され、引きずられていく一部始終を見てしまったのです。
なんて酷いことをするんだ! そう王様は怒り狂いました。あんなに愛らしく不思議で、素晴らしいモンスターを殺してしまうなんて不届き者だ。そう思った王様はお城に帰るとすぐに大臣を呼び寄せ、新たな法律と作るといいました。
その法律というのが、モンスター保護法です。
モンスターを傷つけることを禁止し、この法を破った者を厳重に処罰する。というとんでもないものでした。
これを聞いた大臣は大慌てで止めました。そんなことをしたら国民から不満が出て、国が回らなくなってしまいます。そう必死で止めましたが、王様は聞く耳をもたずに強引に法律を押し通してしまいました。
真っ先に慌てたのは、モンスターを退治することをで生計を立てているハンターでした。モンスターを退治することでお礼金をもらい、モンスターの体の一部を売って生計を立てていた彼らは、あっという間に仕事がなくなりました。
最初のころはこっそりモンスターを退治するハンターもいましたが、すぐにバレてお城へと連行されてしまいました。それを見た他のハンターは仕事を辞めるほかなく、転職したり、他の国へと移住していきました。
次に問題が起こったのは農民でした。
ハンターがいなくなったために、モンスターの数はどんどん増え、食べ物を求めて実った野菜や果物を食い荒らし始めました。
慌てた農民は農作業に使うクワやスコップで追い払おうとしましたが、モンスターを傷つける。という理由でそのうち兵隊がやってきて、農作業道具すら没収していきました。
これではモンスターを退治するどころか、農作業すらできません。食べるものがなくなってしまう。と農民は訴えましたが、王様は聞く耳を持ちませんでした。
この国にいたら餓死してしまう。そう思った農民は少しずつ隣の国へと逃げていくようになりました。モンスターがどんどん増えていく中、国民はどんどん減っていきましたが、王様はそんなことは全く気にしませんでいた。
次に被害をうけたのは、国へとやってくる行商人でした。
ハンターがいなくなったことにより数をましたモンスターは、食べ物の確保のために美味しいにおいのする積み荷を狙うようになったのです。
王様の出したバカげた法律は、このときは他国に広まっていなかったため、行商人は驚きました。普段だったら行商人が通る道はハンターが目を開かせているので安心なのです。しかしいくら助けを呼んでもハンターが近づいてくる気配ありません。いったいハンターはどこにいってしまったのか。そう思いながらも、積み荷を守るため手元にある武器で行商人たちは戦いました。
なんとか積み荷を守り、お城へとやってきた行商人ですが、なんと捕まってしまいます。
罪状ははモンスターを傷つけたから。
何ともふざけた話です。
こうなると他国にも王様のだしたバカげた法律は広まっていき、行商人もやってこなくなりました。国民もさらに減ってしまいましたが、王様はモンスターがたくさんいることに満足し、気にもとめませんでした。
王様を毎回説得し、何とかしようとしていた大臣も王様の態度にあきれ果てました。あなたのお父様はとても立派な人だったのに。そう言い残すと、隣の国へとさっさと逃げてしまいました。
これにも王様は、なんて薄情なやつだ。とは思うだけで、自分が悪いとは少しも思いませんでした。
部屋にいったら待っているプルプル揺れるスライム。モンスターが入れさえすれば王様は満足だったのです。
そんな現状に、誰もが王様を見限って、城に働く兵隊や使用人も逃げていきました。国民も減り続けましたが、中には逃げたくても逃げられない国民もおりました。
隣国に行くには山を一つ越えなければいけません。しかし病気の家族や、老人、小さな子供には苦しい道のりです。
逃げたくても逃げられず、だからといってこのままでは未来はありません。残った国民は、リーダー役となっているヤンという青年の家に集まって、どうしたものかと話し合っていました。
ですが、いくら話し合ったところでいい案は浮かびません。病人や老人をのせる荷車は数が足りず、新しく作ろうにも道具は取り上げられています。食べ物だってごくわずかです。
王様はモンスターばかり可愛がって、人間にはやさしくしてくれない。そう足の悪い若者が泣きだしました。それを聞いて他のものも泣きながら訴えます。あんな、わけの分からない生き物の何がいいんだと。
それを聞いたヤンはあるひらめきが浮かびました。
モンスターとは摩訶不思議な存在です。人ではないからモンスター。といっていますが、姿形も種類も様々。プルプル震えることしかできないスライムも、木の棒を振り上げて甲高い声で叫ぶゴブリンも同じモンスターです。
だったら新種のモンスターがいたとしてもいいのでは。そう思ったヤンはとあることを国民たちに提案しました。
最初は半信半疑で聞いていた国民たちですが、このままじっとしていても先はありません。何よりも王様に文句をいいたい気持ちもあって、ヤンの言う通り、そこら中から材料になりそうなものをかき集めました。
シーツやカーテンを引っぺがし、没収されずに済んだ針をつかって女たちは縫物をしました。子供は森から木の身や木の枝、葉っぱなどを拾ってきて、使われなくなった籠に貼り付けました。
男たちは大きな木の枝を拾ってきて、病人や老人を運べる神輿をつくりました。人がのる部分に大きな目や巨大な口をかき、男たちが黒い布をかぶって担ぐと、4本脚の大きなモンスターのように見えました。
そうして、不格好なモンスターの仮装が出来上がりました。出来がいいとは言えませんでしたが、知恵を使って限りあるもので作り上げたものに大人も子供も満足していました。
そのうち大きな葉っぱを顔につけた子供が言いました。
「モンスター万歳!」
それを聞いた子供たちも同じように大きな声でいいました。そうしてはしゃいでいる子供たちを見て、大人もつられて声をあげました。
「モンスター万歳!」
そう言っていると何だか楽しい気分になってきて、ヤンを先頭に国民たちは不格好なモンスターの仮装を身に着け王城へと歩いていきました。
お城にはだいぶ数は減りましたが、少しだけ兵隊が残っていました。兵隊たちはやってくる国民を見て、ついに城を襲いにきたのかと怯えました。
実はお城にはまだ食べ物が残っていて、数がずいぶんへった国民を限られた日数食べさせられるだけの貯蔵はあったのです。それに気づいて襲いにきたのでは。と兵隊たちは怯えましたが、近づいてきた集団は皆奇妙な恰好をしています。
そして「モンスター万歳!」と口々に叫んでいるのです。
これはどういったことだろう? そう思う兵隊にヤンは言いました。
「我々は新種のモンスターです」
それを聞いて兵隊は、ヤンのやりたいことをすぐに理解しました。
城に残っていた兵隊たちも逃げたいものの逃げ先がなかったり、このまま逃げるにはどうにも心が痛い。と踏ん切りがつかなかったりと、何にせよ王様に対して忠義を抱いている者などいませんでした。
兵隊たちは鎧兜を脱いで剣を捨てると、国民たちの輪に加わりました。
国民たちの仮装の一部をわけてもらうと、奇妙な形のモンスターができあがりました。
モンスターの一員となった兵隊たちの案内の元、お城の貯蔵庫へと向かいます。
そこには沢山の食べ物や飲み物があり、大人も子供大喜びで飲んで食べ、そして愉快に踊り歌いました。
自室でスライムを眺めていた王様は、このときになってやっと騒ぎに聞きつけました。ずっと静かだったお城が今日はやけににぎやかなのです。
いったい何があったのだろう。そう思って王様は部屋を出て、声のする方へと向かいます。
すると何という事でしょう。奇妙な恰好をした国民たちが、お城の貯蔵庫の中で食べて飲んでの騒いでいるのです。その中兵隊が混ざっているのに気づくと、王様は怒り狂いました。
「何をしているんだ!」
そう王様が怒鳴りこむと、集団の中心にいたヤンが立ち上がって言いました。
「モンスターが酒盛りをしています」
この言葉に王様は目を丸くしました。どう見ても目の前にいるのは不格好な仮装をした人間で、モンスターなどではありません。王様が大好きなモンスターではありえないのです。
「お前らのどこがモンスターだというんだ!」
「では、王様はどこからがモンスターで、どこからが人間なのか差がわかるのですか?」
そうヤンに言われて王様は再び目を丸くしました。
ヤンの言葉にとっさに答えが出てこなかったのです。その様子を見てヤンは言葉をつづけました。
「私たちが新種のモンスターじゃないと、王様はなぜ分かるんですか?」
ヤンがそういうと、そうだー。と声があがりました。
葉っぱや兵隊がつけていた兜を頭にかぶった子供たちが、王様の周りをぐるぐる回ります。
「私たちはモンスターです」
「そうです。王様! モンスターです!」
「モンスターなら大事にしてくれるんですよね?」
葉っぱや兜の隙間から、子どもたちの大きな目がじっと王様を見つめています。
その目を見て、王様はやっと自分がとんでもない過ちを犯していたのだと気が付きました。
「ああそうだ! 君たちはモンスターだ! だから今日一日ここにあるものを好きに食べるといい!」
その言葉を聞いて、子どもの目が輝きました。両手をあげて「モンスター万歳!」と叫びます。
それに続いて大人たちも両手をあげて「モンスター万歳!」と叫びました。
それを聞いた王様は、貯蔵庫にあった葡萄酒やジュースを上質なグラスに分け、国民たちに分けて回りました。
最後の一つのグラスを掲げると王様はいいました。
「我が国のモンスターへ乾杯! この国の未来へ乾杯!」
それを聞いた国民たちは目を輝かせ、口々に大声をあげました。
「モンスターへ乾杯! 王様へ乾杯!」
それからは王様も巻き込んでの大宴会でした。その日一日、明日への不安も心配も忘れて、王様も国民も夜通し騒ぎ続けました。
次の日、モンスター保護法は廃止されました。
壊れかけた国は心を入れ替えた王様。残った国民によって元とはいかないまでも、王様と国民が平和に暮らせる国へと生まれ変わりました。
ヤンは大臣の代わりを務め、十数年たった今も国民のために働いています。
モンスター保護法が廃止された翌年、お祭りは始まりました。国が生まれ変わった記念日。王様が過ちを忘れて同じことを繰り返さないようにと、王様と全国民がモンスターの仮装をし叫ぶのです。
「モンスターへ乾杯!」
そういえば、王様の部屋にいたスライムは気が付けばどこかに消えていたとのことです。
やはりモンスターという生き物は、人には分からない摩訶不思議なもの。そして王様はまさしくモンスターに魅了されていたのかもしれません。
今となっては分からない事ですが、その後王様がモンスターに魅了されることは一度もなかったそうです。
モンスターへ乾杯! 黒月水羽 @kurotuki012
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