冒険
名前の由来はおいておきましょう。いつかお母さんに聞くことにします。
桃太郎ということは、最終的には鬼を退治してめでたしめでたし。という結末をきっと迎えるのでしょう。
そこではたと、恐ろしいことに気づいてしまいました。
「ねえ、妖精さん。一つ確認したいことがあるんだけど」
「んえ?なぁに~~?」
「桃太郎ってことはさ、鬼を退治するわけでしょ?それって、ファンタジーものでよく見かけるようにスパンスパンと斬って斬って斬りまくるようなチートな主人公として進められるの?それとも...」
「チートな主人公だなんて、読者側はそっちの方が楽しいかもだけどぉ~。このプログラムの目的は君たちの暇潰し的なやつだからさ、まあ、こつこつ特訓して挑む感じだね~」
やっぱりそうなんですね...今の僕、熊を背負い投げ出きるほどの筋力があるようには思えません。
あ、これは違う昔話でした。
僕の言葉を遮ってまで非情な現実を突きつける妖精さん。...いや、ここは現実ではなかったですね。生前の僕は努力とか、苦労とかしたくない怠け者気質な青年でした。病気だって判ったときも、実は少し嬉しかったんです。ああ、僕はもう努力しなくていいんだって。
部活とか、将来のこととか高校生は考えることがいっぱいあって。もう、なにもしなくてもいいんだって、気持ちが楽になりました。
あんなにも苦しいなんて、家族に迷惑をかけてしまうなんて、彼女を泣かせてしまうなんて思いもしなかったんです。
もし、生前の人生をやり直せるならば。なんて思ったり。
感傷に浸ってなにかの物語の主人公気分でいると、テレビから流れていたニュースが耳に入ってきました。
「...で鬼による無差別殺傷事件、この事件の死亡者である瀬川咲々芽さんは死後プログラムにて生成された人物ですので、凄惨な事件の被害者である瀬川さんを悼む声とともに対象の物語への影響を懸念する声もあります。」
「あ...?ささめ?」
同姓同名でしょうか。僕の恋人であった彼女の名前が聞こえてきてつい、テレビの画面に目を向けました。
最近鬼による無差別事件が多いですね、だなんて言いながら画面が次のニュースに移ろうとするときに一瞬認識できた画面には生前の僕の恋人、瀬川咲々芽の顔が写っていました。
忘れようとしてもきっと忘れられない、大切な人。彼女は死んでなんかいないはずなのにどうしてこのプログラム内に存在しているのでしょうか。さらには、鬼に殺されてしまってから彼女の存在を知るだなんて。
神様はひどいことをします。
これはもしや、恋人を裏切り言い訳をつけて生きることから逃げた僕に対する罰なのでしょうか。
それとも、ただ単に運がなかっただけなのでしょうか。
「しっかりしろぉぉおおお!!!!!」
呆然とした状態でテレビを見ていると、妖精さんが今までのような可愛らしい声ではなく、まるで母親のようなしっかりとした声で叫びました。
その声で現実へと戻された僕ですが、なかなかそれを受け入れることはできません。
「いい?この世界は君のために作られた世界なんだ。だからまだ死んでない君の彼女がこの世界にいるなんて事が起こるんだ。」
「よく聞いてね、彼女を救えるのは君だけなんだ。方法はただひとつ、このプログラムを終わらせること。物語を終わらせるんだよ。」
「...彼女は現実の世界では生きているの?」
僕はほんの少しの希望を見つけるために、妖精さんに質問しました。
返ってきた答えは僕を失意の底へと突き落としました。
「わからない。
...君は”スワンプマン”って知ってる?
見た目だけじゃなくて、記憶やら性格やら考え方、全てがまったく同じ人物が二人いる...みたいな。一人は泥人形のようなものなんだけど。」
「知ってる」
名前は忘れてしまったけれど、誰かが提唱した思考実験の内容...だったような。
「そんな感じなんだよ。どっちが本物かなんてわからない。君と繋がりの薄い人は君が持ってる情報が少ないから、プログラムがいろいろいじれるけど。」
「君と彼女はそんなに薄い仲ではなかったんでしょ?
それならほぼ彼女のはずだよ。」
「それじゃあ、この世界でも僕と彼女は付き合っているの?」
「そうだよ。君の持っている彼女の人物像そのまま写し出されているんだ。」
どっちがどっちなんて誰にもわからない。プログラム上は作られた存在ではあるけど、人と同じように生活して、死んじゃうんだ。
そう説明する妖精さんには、いつものようなふざけた様子はありません。
いっそ冗談であってくれと。そう思わずにはいられませんでした。
プログラム 勿忘草 @may_kaiko
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