桃太郎

 

 「ももたろー!起きなさい!朝よ!寝すぎよ!!」

 大きな声とともに、今まで僕を包んでいた温もりが消えてしまいました。まだまだこの温もりの中に居たくて、目なんて開けずに手だけで掛布団を探します。

 無事に布団を見つけ、二度寝を続ける僕。と隣の妖精。世界で一番の至福の時だと思います。


 「ん?妖精?」

 ちらりと隣を見れば、そこには寝息を立ててすやすやと眠る小さな存在が。

 そこまできてやっと、僕は昨日のことを思い出しました。ゲートをくぐった後の記憶はないので、ここが僕の配置でありこれからは桃太郎としての生活が待っているのでしょう。

 しかし、桃太郎といわれてすっかり日本昔話のような時代背景なのだと思っていましたが、どうたら現代に合わせてあるようです。病気がわかって入院する前の僕の部屋とそっくり…というよりも同じですね。家具の配置、装飾品の位置、何もかもがあの当時のまま再現されています。

 僕が懐かしさのために思わず涙ぐんでいると、隣の妖精がパチッと目を覚ましました。

 「あ、おは…

 「さーーーむーーーーいーーーーー!!!!」

 おはようの挨拶を遮られ、聞こえてきたのは布団がないことへの文句でした。お布団ちょうだい!と今にも噛みつかんばかりの気迫に、僕はたじろいでしまい、おとなしく布団を掛けてあげることしかできませんでした。



 布団に温もりが戻ったのか、落ち着いた様子の妖精。まだ眠り続けようとするのを阻止して、詳しい話を聞くことにしました。


「ねえ、結局君は何者なの?なんて呼んだらいい?」

「僕が何者かだってぇ?それはね~、むっふっふ…妖精さんだよ~~~!!君のサポート係だよ!個体の名前はないから、呼び方はテキトーでいいよっ!よろしく!」


 言葉の終わり終わりすべてに!が付きそうなほど元気に自己紹介してくれた妖精…さん、でしたが、それでも僕にはわからないことがたくさんありました。

「えっと、じゃあ…妖精さん?でいいのかな。サポートって例えばどんな感じのことをしてくれるの?」

「ん~とね~、おおざっぱに言っちゃえば君がここで暮らしていく上で不便を感じないようにするんだよ~」

 ここでの生活は、いままでの君の常識が通用しないところがあるかもだから、そうならないように周りを自然に見せてるの。言語なんかも違ったら、君には君の言語で聞こえるようにするし、食事の内容だって君が食べやすいように見せているんだよ。

 

  ちなみにこのあったかい布団もね。僕が見せているだけ。

 ほんとはね。


 妖精の言葉に僕はゾッとしました。つまり僕が見ているこの景色は妖精が作り出した幻想なのです。

 「つまり、君がこの世界で快適に暮らすためのフィルターの役割なんだよ~」

 つまり、僕の五感はここにいる妖精さんに操られているということでしょう。五感を人質にとられたら何もできませんね。

 ”その目玉焼きをよこせ!さもないと貴様の目玉焼きを砂に変えてやる!”とかって言われてしまったら、僕はおとなしく目玉焼きを差し出すしかないのです。

 勝手に想像を膨らまし落ち込んでいる僕に、そんなことはできないよ。と妖精さんは言いました。心を読んでいるのでしょうか。やはり恐ろしい存在?弱肉強食によってきっと僕の居場所はなくなってしまうのでしょう!!


 「…君って声には出ないけど、すごくおしゃべりだねぇ!安心してよ、僕にできるのは暖かい布団を冷たいって思わせる程度だよ~」

 一瞬ホッとしましたが…これも十分怖いですよね?

 これからの旅路に一抹の不安と恐怖を覚えながら、桃太郎としての僕の人生はスタートしました。




 「桃太郎!!!いい加減起きなさい!いつまで寝てるつもり!?」

 おばあさん役、つまり母親であろう人の怒鳴り声を聞きながら、見知った部屋を出て見知った階段を降り、見知ったリビングへと行きました。

 「お、おはようございます…お、おかあさ…ま?」

 「敬語なんて使ってどうしたの?お母さま?まだ寝ぼけてるの?ご飯の前に顔を洗ってきた方がいいんじゃない?」

 「…そうします」

 リビングへ行くと母がいました。桃太郎だから、もしかしておばあさんなのかとも思っていましたが…いや、そんなことはありませんでした。年齢的には僕の母と同じ頃のように見えます。部屋も家も僕が暮らしていた空間とまったく同じなのに、この人だけは違う。まったく知らない人でした。

 

 脱衣所兼洗面所へ行き鏡を見ると、死んでしまった時の僕よりも幾分幼いような気がしました。

 「ねえ、妖精さん。さっきの人は誰なの?桃太郎ってことは、おばあさん役ってことだよね?」

「そうだよ~!たぶん、君の生きていた頃に関わりのある人が割り当てられてると思うよ~~?」

 そう言われましたが、見知った顔ではないような気がしました。そんなに係わりのない人なのかもと妖精さんに伝えると

 「そっか~、まあ、赤ちゃんの時に係わってるとかだったらわからないよねぇ~」

 と返ってきました。確かに、そんなに前のことならだいたいの人は覚えてないですよね。人の記憶は、羊水の中にいるときからあるんだって前に聞いたことがあります。僕の生きていた頃って言っても、意外と定義は曖昧ですね。しかし、不思議なものでして。自分と接点のある人がいるという状況に、少しばかりの安心感を覚えました。

 

 洗面台で顔を洗い、タオルで顔を拭きながらリビングへ戻るとおばあさん役のお母さんがいいました。…ややこしいですね、”お母さん”と表記しましょう。

 ”お母さん”は、テレビを見ながら朝ご飯を食べていました。

 「目は覚めた~?朝ご飯、早く食べちゃいなさいよ~。冷めちゃうから」

 「ああ、うん、ばっちり目ぇ覚めたよ。」

 薄く笑いながら”お母さん”と会話をして、僕もテレビを見ながらご飯を食べることにしました。

 テレビでは僕が前まで見ていたこととそう変わらないニュースが流れています。

 ある芸能人が結婚したとか、動物園でパンダの赤ちゃんが生まれたとか、天気予報とか、占いとか。それをなんの気なしに流し見ていると、生前とは一味違うニュースがありました。妖怪の出現情報です。どうやらこのプログラム内では、妖怪は人と共存しているらしく、どこどこの川に河童が出そうである。とか、ここらあたりの地域に一反木綿注意報が出る。みたいな情報を流していました。どうやらこの世界での一反木綿は集団で浮遊、飛行するようで現実世界でのイナゴの大群のようなものだと妖精さんに言われました。

 はた、と恐ろしいことに気づいてしまいました。桃太郎として物語を紡ぐのであれば、鬼との戦いは避けられないような気がします。でも、僕はごく一般的な人間なので鬼に対抗できるような術があるとはあるとは到底思えないのです。

 「そこんとこどうですか?妖精さん。なんか、漫画みたいに伝説の剣があったり、主人公補正で無敵チートになっちゃったりするんですか?」

 「このプログラムはゲームじゃないからさぁ、難易度調整ができるわけでも、君のレベルが数値として上がるわけでもないんだよねぇ。」

 つまり、僕はハイパー強い主人公なんかじゃなくて、地味に生きていくモブ系主人公なわけですね。地道に鬼との戦い方を考えていかなければならないのは少し、いや、結構めんどくさいですが、このプログラムは暇潰しって言ってましたしどうにかなるでしょう。

 「ねえ、妖精さん。やっぱ桃太郎っていうからには、僕は桃から生まれているの?」

「ん~と、それは設定上の話?なんにしても君は普通にお母さんから生まれてるよ~~!」

じゃあ、どうして桃太郎だなんて名前に…

「3月3日生まれだからじゃな~い?」

「いやそれ…桃の節句だよね?女の子の行事じゃないの?そもそも僕3月3日生まれなんだ」

「それじゃ、おしりがかわいかったんじゃない?」

 妖精さんはえらく笑いながら憶測を並べていきました。



-まあ、この世界って時間は流れてないしね~。生まれたっていう表現は正しくないんだよね~♪-

 という妖精さんの呟きは、僕の耳に届くことなく空中へ溶けていきました。

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