プログラムの始め方

 ドアノブを回し恐るおそる顔を出し目線を向けた先、そこは砂漠のような場所でした。

 さっきまでいた真っ白な部屋と同じように、特異な点は何もなく、いわゆる”砂漠”。砂埃が舞いカンカン照りの砂漠にはオアシスなどもなく、少しだけ目が痛くて。でも、不思議なことに暑くはないのです。カンカン照りの太陽の熱も感じることができませんでした。むしろ、砂埃を運んでくる強い風が涼しく、肌寒さを感じる程です。


 もしやここが、あの世というところなのだろうか。死後プログラムは天国のイメージを装ったものであると、テレビの中の彼は言っていたのに全然想像と違う。担当の先生が死後プログラムの説明をしてくれていたが、こんな風になることを教えてくれていただろうか。

 少し考えていましたがここにずっと居てもしかたがない。そう思い歩みを進め始めました。しばらくさまよい、おそらくですがまっすぐに歩き続けると、遠くのほうに黒っぽい何かが見えてきました。近づくにつれ、それがとても大きい扉であることがわかります。



 扉のすぐ近くまで来たとき、扉の後ろから真っ白い人がひょこっと姿を現しました。白いといっても、よく映画なんかなんかで見かけるような全身を覆う防護服を着てるだけなんですけどね。

 その白い防護服は、僕に向かってやあ、とまるで親しい関係の友達に声をかけるように話しかけてきました。マスク越しのこもった声は男性のもののようでしたが、今の時代、機械が人間とそう変わらない音を出すようになっています。実際は何が、声をかけてきたのかわかりません。


 僕が軽く会釈をすると、白い防護服はこちらへ数歩近づいて僕にいくつかの質問を問いかけてきました。

「ここに来るまでの経緯は覚えてる?あと、自分の年齢。好きな食べ物と嫌いな食べ物。嫌な思い出。好きな人。大切な空間。全部は答えなくてもいいよ。あ、でも、経緯と年齢だけはちょうだい。」

彼(とします。もう、白い防護服って言うのはなんだか失礼な気がしてきました)が矢継ぎ早に話し始めたので、一瞬戸惑ってしまいました。ええと、何を聞かれたんだっけ...経緯と年齢?どうしてそんなことを?


 すると、その様子に気付いたのか彼はごめんごめんと軽く言い、さらにこちらへと近寄ってきました。

「ごめんね?つい癖で...さっき聞き取れた?もう一回言う?」

お願いします。と返すとさっきと比べ随分とゆっくり質問してくれました。

 「ええと、記憶がちゃんとあるか確認するためにここまで来た経緯を話してもらうことになってるんだけど、覚えてるかい?」

 「はい、多分...。数年前に病気にかかってしまって、現在の技術では治療のしようがなく最初は延命といいますか、闘病生活を送っていました。でも、僕そんなに強くなれなくて。結局いろいろなことに疲れてお医者さんから以前聞いていた死後プログラムを適用しての安楽死となりました。」

しどろもどろにこれくらいがだいたい覚えている範囲なんですが...と言うと防護服の彼はいきなり泣き出してしまいました。

 「大変だったねぇ...お疲れさまぁ...」

 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら彼は言いました。初めてもらった言葉に僕は戸惑いと、心の底からの歓喜を覚えました。


 今まで他人からもらった言葉はたくさんあります。その多くが頑張れ、そばにいる。といったものでした。僕は頑張っていたのに。頑張っていたつもりだったのに、誰も認めてくれてない気がしていました。


 だから単純ないたわりの言葉が、嬉しくて、嬉しくて。それと同時に病から解放された実感と、本当に死んでしまったのだという悲しさと、やっぱりもっと頑張れたのではないかという後悔がない交ぜになり僕の心を駆けていく。

 「お兄さんにつられて僕も涙が出ちゃったじゃないですか。」

 軽く混乱する心のままに流れる涙を彼のせいにして、しばらく泣き続けました。


 「さてさて、落ち着いたかな?」

 いまだに鼻をぐずぐず鳴らしながら、彼は聞いてきました。大丈夫ですと答えると、じゃあ次の質問ねと彼は言う。先ほどまでより会話がしやすい気がします。


 「歳は21で好きな食べ物は甘いカレー。嫌いなのは辛いカレー。嫌な思い出は...17の時にさっき言った病気になったこと、ですかね。その時彼女がいたんです。高校1年の夏から付き合い始めて、何もしてあげられないまま死んじゃいました。大切な彼女だったんです。あんなに泣かせるとわかってたら、付き合わなかったかもしれない。でも、病気ってわかって、これから戦うぞって時に彼女がお見舞いに来てくれて。一緒に頑張ろうねって言ってくれたんです。結局裏切って安楽死を選んじゃったんですけどね。今でもあのときの病室は鮮明に思い出せる。大切な人と空間でした。」

 「そうかぁ...話してくれてありがとう。あと、君は本当に頑張った。安楽死は、死後プログラムは逃げたい人間には絶対に使わないんだ。悩んで悩んで、苦悩の果てにやっと医師から提示されるプログラムなんだよ。だから裏切りじゃない、じぶんを責めないで。これは逃げる手段じゃないんだ。戦った証なんだよ。それでも自分を許せないと思うなら、この先に待っているものを完成させてみな。きっとなにかがわかるよ。」

 死後プログラムの先輩からの助言だよ。と言う彼の言葉を、素直に受け入れるほどの心の余裕はまだなかったけど、なんだかんだで心が軽くなってるような気がしました。僕はなかなか単純な奴だったみたいです。また少し、涙が出そうで急いで話を変えました。


 「と、ところで!僕の記憶は合ってましたか?」

 「うん、終わったよ。合ってたみたい。これからは割と快適に暮らせると思うよ。」

 彼はタブレットのようなものを操作しながら答えてくれました。ティッシュは必要?と付け加えて。

 いりませんと僕が答えたら、彼はクスクスと笑いながら彼の横にある大きな黒い扉を静かに、ゆっくりと開けました。扉の向こうは真っ白で何も見えないし、何も聞こえない。



 「この中に入って、受付で名前を発行してもらってね。今の君は名無し君状態なんだ。入ったら案内の係がいるから、その子に案内してもらってね。」

 さあ、入って。と言われましたがなかなかその勇気が出ない僕。聞きたいこともまだあります。名前がないってどういうことなのか、先ほどから自分の名前が思い出せないんですけどとか、名前を発行するってなにとか。

 「ごめんね、泣いてたら時間おしちゃったんだ。頑張ってね。」

 質問しようと思った瞬間、彼の声が聞こえ背中を押されていました。バランスを崩した僕は声を上げる間もなく、扉の向こう側へと来てしまいました。


 先ほどまで真っ白だった空間は、薄暗い長い廊下へと変化していました。まるで夜中の病院のような暗さに少し恐怖を感じながら廊下を進むと、チカチカと辺りの電灯がつき始め、少しすると安定したのかチカチカと点滅するものも無くなりました。

 一昔前の蛍光灯みたいだな。なんてどうでもいいことを考えながら、すっかり明るくなった廊下を歩き続けると、"インフォメーション”と英語で書かれたプレートが貼ってある木目のついたドアを見つけました。

 一つ息を吐き、そういえばさっきの彼が言っていた案内の子って何だったんだろうと考えながら、僕はドアをノックしました。どうぞ、と中から女性の声が聞こえドアを開けるとそこには一人の女性が立っていました。

 「はじめまして。早速ですが死後プログラムでの死亡者の受付を行います。年齢と死後プログラムを受けた病院名を教えてください。」

 挨拶もそこそこに冷たい印象を受ける彼女に淡々と質問され、僕もまた年齢と病院名だけを言う簡素な答えしか言えませんでした。彼女はかけている眼鏡をくいっと少し上げながら、先の男性と同じようなタブレットを取り出し操作を始めました。


 しばらく時間が経ち、彼女はまた眼鏡をくいっと上げながら話し始めました。

 「完了しました。死因は死後プログラム。歳は21。あなたには今日から桃太郎を名乗って頂きます。」

 この話を読んでいるあなたなら、こんな風に言われたときどう反応しますか?

 「死後プログラムは、実際にある物語の登場人物として暮らしていただくものです。あなた以外の配役はすでに決まっています。」

 僕は呆然とするしかありませんでした。とりあえず思ったのは、21歳の桃太郎ってなんかやだなぁ…くらいですね。桃太郎ってもっと子どものイメージです。


 タイトなスーツ姿の彼女は、アナウンサーのようにきれいな姿勢で、一方を指し示しながら案内を進めていきました。

 「あちらに見えるゲートをくぐって頂きますと、あなたの行くべき場所へ配置されます。そのあとは、自由に行動していただいて結構です。」


 ちょっと待てよです、タンマです。泡のように疑問が湧き出てきました。

 僕の本当の名前は結局どうなるのか。

 僕以外の配役とは誰なのか。

 僕の思い通りに行動したら物語は進まないのではないか。


それらはまだ頭の落ち着かない僕の口からも零れていたらしく、ちょっと気の強そうな彼女はまた眼鏡をくいっと上げて答えてくれました。

 「あなたの生きていた頃の本当のお名前は、死後プログラムの中で見つけていただきます。あなた自身に。」

 「僕の、本当の名前…」

 「わかっているとは思いますが、桃太郎というのはあくまで配役上の名前です。」

 「それは、そうでしょうけど…なぜ、そんなことを?死後プログラムはいったい何を目的に作られたんですか?」


 目元のきつい彼女は、話し始めました。

 死後プログラムの役割は、死後の世界を確立させること。患者の死に対する恐怖を和らげること。死者に無意味な時間を作らせないことである。最初に死後の世界を確立させた。そこは何もない空間で、まるで収容所のようであった。なにもしない、退屈な時間が永遠に続くのは苦役と何ら変わらない。ならば、なにか目標を持たせ、いきいきとした生活を与えるほうが良いのではないかという考えから生まれたのが死後プログラム。であると。


 僕の質問に答えた彼女は、最後に「まあ、このあたりは医師からも説明があったと思いますけども」と言い黙ってしまいました。

 「つまり、名前を探すのは暇つぶし的なものなんですね…」

 「もう一つ役割はあるけれど、ここでは言えません…ごめんさい。名前を探すかどうかは個人の自由です。」


 「生きていた時の名前がわかったら、どうなるんですか?」

 「それも死後プログラムで生活する中で見つけてください。それは他人との会話の中であったり、何かの文書であったり、様々なところにヒントが仕掛けられています。」

 もう時間です。ゲートをくぐって配置についてください。僕にこれ以上質問させないためなのか、彼女は腕時計をちらっと見て口早に言いました。


 「わかりました。ありがとう、ございます。」

 先ほどくぐってきた扉よりは、かなり小さく見えるゲートの前へと移動しました。こちらもやはり、ゲートの向こう側は真っ白で何も見えません。まるで空港にある金属探知機のようなゲートの前で、僕は尻込みしてしまいました。真っ白の空間に飛び込むのは二回目の経験ですが、怖い。恐怖心からか、無意識に後退りしていたようでした。


 「早く。」

 眼鏡の彼女の冷たい声で我に返りました。

 ここからどんな生活が始まるかはわからない。どんな場面に遭遇するのかもわからない。でも、大切な子を裏切ってまで来た場所なのだから、もう後には引けない。そう意を決し、ゲートをくぐろうとした時でした。


 「ごっめ~~~ん、おくれちゃった☆」

 後ろから声が聞こえてきました。えらく明るい声が。

 何事かと振り返ると、そこには先ほどまで話していた彼女ともう一人…もう一つ?の姿がありました。


 向こうが透けて見えるほどきれいな羽、頭からフヨンフヨンと伸びている触角、二頭身の小さくて丸いフォルム、大きい目、少し高めの声。なんかキラキラしているようにも見えます。

 これはあれですね。僕も以前見てました。日曜日の朝にやってるあのアニメに出てくる妖精?みたいな感じですね。

 僕が心の中でふざけている間、向こうでは話が進んでいたようです。


 「やっぱり寝坊だったのね…この青年は一人で頑張るのかと思ったわ。間に合ってよかった。さ、あなたも早くゲートに行って。時間おしてるのよ。」

 「えへへ~、ごめんねめぐちゃん。昨日緊張して眠れなっかったんだよぅぅう。」

 「私たちは別に、睡眠をとらなくても大丈夫でしょう。」

 「ええ~~ブラック反対~、心が死んじゃうよ~。」

 

 もういいから、早くゲートくぐって!という怒声とともに妖精がこちらにふよふよと飛んできました。

 「も~そんなにカリカリしてたら疲れちゃうよ?」

  プチッと何かが切れるような音と怒気が揺らめくような音が聞こえた気がしましたが、きっと気のせいです。


 「はじめまして!見ての通り妖精さんです☆君の案内役だよ!よろしくね~、さ、後ろも怖いし行こっか!」

 眼鏡の彼女に喧嘩を売るだけ売って、妖精さんはこちらへ飛んできました。

 「いや~、この瞬間しか堂々と揶揄えないからね!」

 と、妖精さんは言い、ものすごく可愛らしい満面の笑みを浮かべながら僕の手をつかんでゲートへ向かいます。

 さっきは押され、今度は引きずられるように僕はゲートをくぐりました。せっかく自分で進む決意を固めていたのに…。





 ゲートをくぐると、そこは真っ暗な穴だったようで。足元の喪失感と突然の浮遊感に、絶叫系アトラクションが苦手な僕は声すら上げられず妖精さんのわお!たぁのし~~!という声を聞きながら、気を失い落ちていきました。

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