プログラム

勿忘草

前日譚+α

 

 初めまして、こんにちは。

 せっかくこうしてお会いできたのに、僕は昨日死んでしまっているのです。一足遅かったってやつですね。

 それでも、ものは取りようです。昨日までの僕は話すことすらままならない状態でしたので。元気な姿になってからあなたと話す機会があってよかったとも思います。

 

 さて、今僕が話しかけているあなたの常識では、死後の世界というものをどう捉えているでしょうか?空想、宗教、信仰、思想、願望、…このあたりでどれか一つくらいは当たっているでしょうか。中には「そんなもの」と鼻で笑うあなたもいるかもしれません。

 そう、死後の世界ってあまり現実的ではないですよね。科学でお花畑や三途の川の向こう側を証明することはできない。故に想像し、故に恐怖心を抱くのです。きっと。



 話を戻しましょう。僕は昨日死にました。治る見込みもなく、たまに襲い掛かってくる激痛。最初は僕もなんとか生きようと苦しみ、もがきました。でも、駄目だったんです。僕は強くなれなかった。

 よくあるでしょう。ドキュメンタリー番組なんかですごく大変そうな病気と闘っている小さい子。とか、差別の目を時に耐え忍び、時に勇気ある声を上げる少数派。とか。

 病気が分かった時、少しだけ、ほんとに少しだけその人たちみたいに自分も頑張れると過信してしまったんです。だから、徐々にすり減っていく精神に僕は勝てなかったんです。


 つい数年前に開発された『死後プログラム』。

 それまで不明瞭だった死んだ後のことが、科学によって管理されるようになったのです。運用開始当初は倫理だとか人権だとかニュースで連日流れていましたが、このプログラムが普及した少し後、安楽死が合法化されました。

 テレビの中の男性はこう言っていました。

 安楽死が合法化されたのは、ひとえに家族などの支える側の人々の選択肢を増やすことが目的なのだと。自殺などではなく。

 その時は聞き流していましたが、実際はきっと、自殺に使う人が多いんだろうなと思います。治る見込みのない病気にお金をかけて延命だけして、結局死んじゃって高い治療費を家族に残すのは申し訳ないですし。病気と闘うのは大変だから。僕はヒーローになんてなれなかったんです。


 死後プログラムの目的は、選択肢を増やし人を救うこと。ですから、プログラムの使用には多少の制限があります。

 まず一つ目は、本人と家族の同意があること。

 二つ目は、治せない病であること。

 三つめは、医師による打診。

 というところだったと思います

 例えば、自傷癖のある人がいたとして、この人に死後プログラムを使うことはできないのです。なぜなら、それは防ぎようのあるものだから。可哀そうではありますが、行動を制限すれば体を傷つけることがない。なれば、安楽死を適用する必要もない。ということです。

 もちろん、本人からしてみれば地獄のような環境ですが、周囲の人間は生きてさえいてくれればそれでいいとかぬかすのです。

 そんなエゴの為にこれから先一生、葛藤し自分と闘わなければならない。僕はそんな暮らし耐えられない。絶対に。

 ですから、周りの人間を頑張って説得したのです。そんな無駄な労力とお金を使ってまでしても僕は生きられないと。たくさんのオブラートに包んだ言葉で説得しました。


 その甲斐あって、僕は家族の同意を得ることができました。

 最後まで反対してくれていたのは、付き合っていた彼女でした。その人には、何も伝えずにいるつもりだったのですが、世の中うまくはいかないものですね。どういうきっかけかはわかりませんが彼女は知ってしまったようでした。

 あそこまで彼女に辛い思いをさせてしまうとわかっていれば、僕は病気と分かった時に別れていたのに。支えてくれようとしたその人に甘えてしまった。そして、そんな人を裏切ったのです。自分で選んだ安楽死という最悪な形で。


 病室で三つの錠剤を医者から手渡され、飲むタイミングはいつでも良いと言われました。飲んだ後にナースコールを押し、そのまま流れに身を任せていれば良いのだと。病魔により疲れ果てていた僕は、特に何も考えずすぐに薬を飲みました。

 急激に来た睡魔に意識を乗せた頃、規則的に僕の心臓の動きを知らせていた機械音が、いつもと違う最初で最後の音を鳴らしたのが、どこか遠くのほうで聞こえた気がして。


 次に目を開けたとき、今僕がいるところに寝ていたのです。


 後悔が全くないわけではありません。僕はやっぱり死ぬべきではなかったのでしょうか。

 なぜか今になって涙があふれてあふれて止まらないのです。思い出も感情も生きていた頃にあったもので、もっと頑張ればよかったとか、もっと話したかったこととか、やりたかったこと行きたかった場所、すべて思い出せるのです。これは、僕が死んだのは、正しい判断だったのでしょうか。


 なぜ流れているのかわからない涙を拭ってから起き上がり、状況を把握しようと辺りを見渡しました。まあ、わかったことは何もないってことぐらいでしたけどね。

 何もない真っ白な部屋。部屋というより、空間といったほうが正しいのかもしれませんね。生活感がないのです。ベッドすらない、四角く区切られたこの不思議な空間は一つのドアだけを目立たせていました。

 一通り泣き終えすることもないので、ひとまずこの部屋から出ることにしました。冷たい床から起き上がり、冷たい床へ足を踏み出す。二、三歩歩くとすぐにドアにたどり着きました。そしてガチャリと、僕は大仰に、ゆっくりとドアノブを回しました。 

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