ホーンロストサーティーンストーリー
「やってられるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「何事ですか!?」
「やっと書類仕事終わったという話だぁ!!」
「お疲れ様です!!」
ダンと机をたたいて叫びだし、何事かと偶然執務室前の近衛兵がおっかなびっくり扉を開くと、アランは近衛兵を指さしながら大声で答えた。疲れのあまりおかしなテンションになっているらしい。
近衛兵は直立不動の姿勢になり、美しい姿で敬礼をした。
「書類書類書類書類……ライアーの気持ちはようくわかった」
「ライアー様は……たしかにまぁ……」
「あいつよく倒れぬな?」
「よく夜中に上の空で独り言を呟きながら、ふらふら歩いてらっしゃいますが……」
「……今度長期休暇を取らせる……」
「そうなさってあげてください……正直見てられないです……」
魔王城ではほぼ下っ端に近いような階級の、まったくの別部署の若者にすら憐れまれているライアー。そんなジン生(兎生?)で大丈夫か? 問題しかない。
「……やはり平民院と貴族院それぞれで、選挙の参加基準に制限を入れた方が良いと思うが……」
「私には測りかねます」
独り言のように呟いたあと、両手の人差し指でビシッと近衛兵を指した。近衛兵は引き攣ったような顔で、冷や汗を掻きながら返事を返す。
突然の悲大声に思わず扉を開けたものの、部屋の主が国の最高権力者だったことに改めて気がつき、部屋の外に居た同僚らしき人物などは真っ青な顔をしている。アランは面白そうに笑いながら、手で落ち着けとジェスチャーをして見せた。
「まぁまぁ、一意見として、だ」
顎の部分に爪をあてながら、上目使いで言葉を投げる。
「例えば平民院であれば、地方議員を数年経験するだとか。政治家としての経験も無く国の運営に携わるのは不安にならんか?」
「魔王様やファンファンロ様がおります」
姿勢が良すぎるぐらいド緊張した様子で断言する近衛兵に、アランは人差し指を立ててうっざったらしく左右に振る。
☆
「なんだか下僕の指を反対側にまげないといけない気がする」
「なぜ急にそうなるんです!?」
本を物色していたところで突如放たれたフェアの発言に、すぐ近くに居たメイルが急速に振り向く。
「いやぁ……アイツ、調子乗りじゃない。ツノだけじゃなく鼻っ柱も破壊しないと……」
「やめてさしあげてください」
「えー」
☆
「うおっ!?」
「なんでしょう!?」
「な、なんでもない」
(また小娘が良からぬことでも考えおったか……うおぉ……最近よく鳥肌が立つわ……)
アランは一瞬背筋を走った寒気に、フェアのせいだと推測をつける。なまじ勘が良いために要らんことに気づき、それを逆にフェアに勘付かれて保留した居たモノを実行に移されたりするのがデフォルトなのだが。悲しいサガである。
緊張のあまり泣きそうな顔の、扉の外の近衛兵を見てアランは姿勢を居直し、両手のひらを見せて落ち着けとジェスチャー。
「我はまず立法には直接干渉などせんぞ。憲法違反なとんでもない法律が通ろうとでもしなければ、立法府の者達に一任している」
アランの指摘に近衛兵はううんと悩む表情になる。
事実アランが魔王となり立法府を設立したのち、アランが法律に許可印を押すことはあっても無暗にはね付けたり、法律を通そうとする事は滅多になかったのだ。民の暮らしにも密接に関係する立法府に関しては、他の五大部署(侍従らを含めれば六大部署)に比べても比較的情報がオープンなところである。
国立の図書館に(とは言いつつ国立以外に図書館は存在しないが)議事録の写しなども所蔵されており、貸出は不可能だが誰でも閲覧が可能になっているのだ。
「それなら……はい……軍部で言うと実践経験のない指揮官に従う様なものですよね……」
「例えればそうなるな」
「嫌……ですねぇ……」
基本魔王城内の警護をするのが役目の近衛兵団は、前線勤務の一般兵と違って戦う機会も少ないのだが、それはそれとして戦うなら有能な上司の方が勿論良いであろう。当然である。わざわざ命を無駄にしたいと思う兵士が居るだろうか。いや、まずない(反語)。
(まぁ近衛部隊は軍部ではなく警務の管轄だが、そのあたりは置いておこうか)
下士官連中への教育プログラムでも見直すべきかなどと考えつつ、アランは細かく何度も頷いた。
「参考になった。君達の名前はなんだったか。……いや、クビになどせんぞ? 特別に便宜を図ってやるわけでもないが、魔王城に働く者達の名は覚えておきたいのだ」
「えぇ、と……」
「褒美をもらうことでもあった時に、名前を何かで見ながらよりも自然に呼んでもらえた方が嬉しいであろう?」
「は、はぁ……それはそうですが……」
思っていた君主象と違っていたのか、もうオーバーヒート的な感じでうわの空的な返事をする近衛兵。運上人にフランクに話かけ続けられれば、日々の業務でへとへとな下士官など心が死ぬ。もうやけくそ気味に近衛兵たちが名前を告げると、困り顔だったアランは口を半開きにした状態になった。
「あぁ! お前達、ヴァッケン男爵とシュタウファッハ殿の御子息か」
「ヴェ!?」「るな!?」
自己満足ネタであった。語感が良すぎるんだ、ヴェルナー・シュタウファッハ。
若干出てくるのが遅かったが、疲れていてもほぼ末端の役人の名前まで思い出すあたりがアランクオリティか。腐ってもハイスペックである。
「腐ってもは余計だ」
キレ気味にアランが独り言を呟く。
「え!? いやそ、そのようなことは決して!!」
「いや、いや、待て。冗談だ。気にするな」
アランが内心毒づきながら、パチパチと両手を叩いた。恐慌状態だった近衛兵が戻ってくる。
(……この者達、精神的ショックで近衛兵をやめたりしなければ良いが……)
本当に気まぐれで呼びとめただけであったのだが、思ったより衝撃を受けている様子を見て、申しわけないような思いをしつつ、部屋から下がらせた。
「良く考えると、魔王の執務室に飛び込んでくるとは無謀な奴よな……近衛兵より、父親と同じ消防部隊などの勤務の方が性に合ってるのではないか……?」
王都インペリアルの貴族の邸宅が居並ぶ地区、そこの消防署に勤務しているらしい中年の男を思い浮かべながら、メモ用紙に人事の提案について書きこむ。
「ふぅ……角は幻術でごまかせたようだな。まさか魔王の角が無いなど、知られては品位を損ねてしまう」
十三話も角が無いわけだが、そろそろ慣れたりしないのだろうか。
「さ っ さ と も と に も ど せ よ」
口角吊り上げてメタいことをのたまうアランである。アランは黒々とした感情で小さく怨嗟の声を吐きながら、ぐぐっと体の伸びをする。執務室の周囲に居た魔族達は、アランの負の感情に満ちた魔力を感じ取ってビクッと体を震わせた。まぁ、慣れているので仕事の手を途中で止めることはないようだが。
久々だなーこの感じ。的な感想を抱くぐらいであった。世界最強の生物の近くで仕事をするなら、それぐらい図太くないとやってられないのだろう。
「仕事が無いならば……ちと角を探しに行くか……」
効果を消していた
「うむ……まぁ、軍部や警察署に近付かなければ看破されんだろう……」
フラグを立てつつ執務室を後にするアラン。魔王城地下に存在する魔法研究室への階段を通り過ぎ、地上四階へと続く階段を下りる。共も連れずに廊下を降りると、四階の踊り場には恭しく頭を下げた一人の侍従が立っていた。
「我の事は気にせず仕事をするがいい」
「はっ畏まりました」
更に恭しく頭を下げる侍従。アランは顔見知りのその侍従がそんなに慇懃無礼な男であったかと訝しんだが、自分が疲れているのだろうと納得し、鷹揚に頷いて階段を下りた。
「……」
侍従はアランの背中を見送り、階段を昇った。
醜悪な笑顔を浮かべつつ。
魔族溺愛症の魔王様は、お嬢様の下僕になりました! 亜桜趙蝶 @azakura
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