とある執事の演説

「クロノス長官! レヴァンズのヤツの現在地を捕捉しました! エル・ファン・ギニョル平原です!」

「良くやったでありやす! あっしも出やすから直通ゲートの用意を」

「了解しました!」


 長官室に飛び込んできた報に、すぐさま立ち上がって上着を羽織るクロノス。しかし傍らには、クロノスの婚約者が居た。婚約者自らが犯人と目されている人物の下へ行くのだ。玉の輿や権力狙いといった悪女等でもなければ、不安になるというのは当然である。

 クロノスは不安そうに眉を顰めている婚約者に近付くと、その手を取り、自身の耳元から首――エラに添えさせた。


「クロノス様……」


 魚鬼族サファギンにとって最大限の親愛を現す行動である。魚類にとってエラは生命維持の為に必要不可欠であり、同時に急所でもあるのだ。それを相手に触れさせるというのは、それだけ相手を想い、信頼しているという証である。


「取り乱しました。クロノス様なら心配ありませんでしたね……引き留めてしまう様な事をし、申し訳ありません」

「気にしないで良いでありやすよ。あっしが心配をかけているのは事実でありやすから」


 苦笑したように言いながら、クロノスはそっと、婚約者の首元に手……というよりもヒレを添える。

 婚約者は一瞬身を守るための脊髄反射によって、エラにヒレが触れた瞬間身体を硬直させたものの、相手がそれに足る相手だと意識しているためすぐに軟化が見られた。


 魚鬼族の風習を知る者ならば、一目見て男女間の行為だと察する事が出来る。偶然にも部下らが入ってきて、クロノスらは恥ずかしい思いをする……まぁ巷で流行りの本なら上記のような事態も起こると予想できるが。

 そこは警察長官にもなった男である。公私の区別はしっかりと付け、ヒレを女性の首筋から離すとすぐさま長官室を後にした。


「レヴァンズ=キル……エル・ファン・ギニョル……まさかアイツ……」


 ホシ(犯人)の居る地名を口ずさみ、その場所が現す意味を悟るクロノス。

 途中合流した部下を連れて、早歩きで転移門の場所へと向かいながら、胸中には焦りの感情が色濃く浮かんでいた。


 ☆


 エル・ファン・ギニョル。


 “古代災厄池龍エルドラゴによる山岳地形粉砕、消失及び、ファン=ファン=ロによる大火災によって焼失せし、太古から続いていた偉大なるギニョル・フォーゲニ・スリフスの森跡。”

 などというとんでもなく長い地名のついた、とある平原である。長すぎるので一部名称を取って現してるのだ。それでも尚長いが。

 意味を説明するならば、“ギニョル・フォーゲニ・スリフス”などと呼ばれていた山岳地帯があったが、古代に暴れまわっていた“エルドラゴ”という地を這う古龍に山々を粉砕され、更に“ファン=ファン=ロ”と呼ばれていた怪物によってなけなしの森林も消失してしまった、まぁなんとも憐れな土地である。一体何をしたらここまで踏んだり蹴ったりになるのか。


 何度か歴史学者が調べようとしていたりもするが、度重なった災害によりギニョル・フォーゲニ・スリフスに棲んでいたヒトビトは、みな死ぬかどこかへ散っていったかのどちらかになっている。更に昔の生活の名残すら消失しているため、進展なく調査終了してしまうのが常であった。


 なお“ファン=ファン=ロ”という怪物については安直に捉えられる通り、“魔族国侍従長ファンファンロ・リーンレイ”その人であるが、黒歴史と言っている当人の意志と名誉を慮り、ここでは説明しないものとする。


「クロノス長官、あれです」

「青白い肌に青い一角ツノ。タキシードを身に纏ったジジイ……」

「レヴァンズ=キルの特徴と一致します」


 望遠鏡と呼ばれる、遠くの景色をあたかもすぐそこにあるかのように見せる道具を用い、クロノスは遥か離れた場所から犯人の姿を窺っている。

 目的地はエル・ファン・ギニョルとは言ったものの、転移によって突如として魔力が無数に現れれば悟られて逃げられかねない。


 クロノスは事件の特異性と残虐性、さらに使用された魔力量から多めに見積もりつつ“脅威八級”と定めた。一級から“推定脅威度”と呼ばれるランクが上がっていき、“脅威十級”と呼ばれるのが最高峰である。

 脅威度はなにも警察だけに使われるものでは無く、軍部や魔獣猟士などの戦うことを生業にする者達にも使用されている。要するに犯罪者もしくは犯罪者予備軍だけでなく、魔獣などにも用いられる指標だ。


 脅威十級と言うと古龍などの伝説級、天災クラスの魔獣が基本的な対象である。ただし一般的に公表されていない警察上部のみ閲覧可能なリストには、黒骸軍の長ルグリウスは勿論の事、万が一の裏切りに備えてという意味でファンファンロやメイル、そしてアランが名を連ねていたりするが。


「……別動隊をヤツを囲むように転移でもって配置。殺してでも、捕まえるでありやす。“逃げ込まれたら”、あっしらでも手を出せなくなりやすから」

「はっ! 転移によってヤツの進行ルートを封鎖せよ。協力者でも居るかもしれん。鼠一匹、雀一羽通すな」


 魔獣にしろ魔族にしろ、基本的に脅威度が上がるほど魔力探知サーチセンスの届く範囲が比例して広くなる。脅威八級において平均的に探知可能な距離とされるのが現在クロノスらが居る場所であり、これ以上近づけば察知され、逃げられるだろうという判断である。


「察知されない距離で向こう側へ転移した場合、境界線を越えてしまいますが……」

「ヤツの属性は氷。だったら定石通り水でありやす。どうなるかわかりやせんから、電撃戦といきやしょう」

「包囲部隊と強襲部隊で?」

「そう。あっしは、強襲部隊でありやす」


 ☆


「遅いですね……」


 ただっぴろい平原の中で一人佇む紳士。白髪交じりの黒髪をオールバックにし、額の右側に蒼いツノを一本生やしている。

 レヴァンズ=キル。ヴィクティム候爵家で侍従長を務めていた男であり、事件現場の残存魔力と遺体の種類から屋敷内の一家と使用人全てを殺した、“ヴィクティム侯爵家惨殺事件”の主犯とみられている男。大量殺人鬼。


「水も温くなってしまいます」


 肩にかけた水筒を開け、ごくりと水を飲む。氷鬼と呼ばれる種族は寒さに強く、熱さに弱い。火属性魔法は一切使えない代わりに、氷属性の魔法については強力無比の一言に尽きる。

 故にクロノスは、その特性を“利用する”。


「むっ……『転移門ワープ』……」


 レヴァンズのすぐ近くに『空間転移門ワープゲート』が現れる。水筒をマジックバックに仕舞い、警戒態勢を取りながらゲートから後ずさる。手が何やらごそごそと動いているが。


「やぁどうも」


 『空間転移門』から姿を現したのは金属の兜をかぶった魚人。そのままするりと全身を現し、続いて数人の男達が空間転移門を通ってレヴァンズの前に現れる。


「おやこんにちは。どうなされましたかな?」

「すっとぼけても仕方ないでありやすよ。レヴァンズ=キル」

「おや、どうして私の名前を?」


 一見すると髭面の紳士、もしくは好々爺のようにとれる物腰柔らかなレヴァンズの仕草。しかしクロノスはその影に潜む狂気性を見抜いていた。


「あっしらが知らないとでも?」

「そうですねぇ……愚問でしたか」


 やれやれと、どこか呆れたようにぼやく。


「何故殺したでありやすか?」

「ふぅむ……黙秘権を使っても?」

「黙秘だ? 共生都市国じゃあるまい、そんな制度があるわけないでありやしょう」

「残念ですねぇ……まぁ、聞かれて困るものではありませんし、お答え致します」


 そう言うと、レヴァンズは深々と、恭しく礼をした。あたかも劇を行った後の歌劇団員のように。


「私はビクティム様に仕える一人の執事で御座いました。あの御方はそれはそれは素晴らしい御方で、私のような一介の使用人にも目をかけてくださるような。えぇ、えぇ、しかしヒトは誰しも欠点は御座います。あの御方も聖人君子ではありません。私めも、残念ながら良きヒトではありません。

 故にあの日は私も少々頭に血がのぼってしまいまして。侍女の首を、えぇ。一人だけ。昔冒険者をしていて剣の覚えは御座いましたので、壁にあった魔法剣で気が付いたときにはポンと“刎ねて”おりました。

 しかしいやはや、剣の冴えが落ちていましたのか、ドウと血が噴き出しまして。コレはいけない、汚しては駄目だと思い、執事ですから。咄嗟にその血を凍らせたのであります。しかしそれこそが“運命の出会い”だったのです!

 彼女のことは正直に申しまして、愚図で鈍間で無能でありましたので嫌いでございましたが、あぁ彼女が滾々こんこんと噴き出す血を凍らせた時の美しさたるや!! ですが残念な事にヴィクティム様にはご理解を頂けませんでした。この“素晴らしい芸術”を理解出来ないなど……!! 完璧な御方だと思っていましたが、その審美眼にはとても失望しました……ですので、忠誠心は失ってしまい……

 私は自身の執事としての技と心構えには絶対的な自信を持っております。ですので私を雇えるのは、それは優れた素晴らしい御方のみ! 凡夫に仕える気などさらさら御座いませんので、“要りません”。

 要らないモノは有効活用するべきです。そうでしょう? 執事としての心構えその十六であります。なので、凡夫以下、それらに仕える愚図共も含め“有効活用させていただきました”。皆さん見ましたでしょう? 凍らせた血はかくも美しいのです!! 赤々とした汚らわしい血が、冷たく清い氷と入り混じり、小さなしぶきが赤い絨毯となって地面を覆い尽くすのです!! 時間と空間と生物が混然一体となった芸術の最高峰を、私はあの姿に見たのです!

 えぇ、ですから止めないでいただきたく存じます。〝楽都”にいけば“ゴミ”で溢れかえるばかり。それを有効に使って芸術を作り続けるだけで私めはもう満足なのです。制作に没頭したい……えぇ、世界中にこの芸術を広めるため、私は芸術家として残りの人生を終えるつもりです」


 レヴァンズの演説が終わった。

 クロノスの背後にいる警察官の何人かは絶句している。クロノスや側近の警察官は平然とした態度を見せているが。


「それで、見逃していただけますか?」

「“こんな下等な存在がインペリアルで平然と暮らしていた”ことに、自分自身に吐き気がするでありやすよ」

「……なんですって?」


 クロノスは頭部のヒレを大きく開いた。

 彼の怒りが頂点に達したときの動きである。


「貴様は惨めだ。最高の主君にも巡り会えない、悪運に見初められた奴。

 貴様はクズだ。仕事でありながら雇い主を見限る、信用にも値せぬ奴。

 貴様は無能だ。一人で増長し、手前勝手な尺度でヒトを断じて制裁を行う。

 貴様が最高の執事と言ったでありやすか? 貴様なぞよりはるかに優れた従者を知っている。

 ヒトを殺して芸術だと? ヒト殺しは芸術ではない。ヒトを殺して苦しまぬ者は異常者でありやす。それがいかなる強者であろうが、魔法だろうが剣であろうが、生き物を殺さずに世の中を生きる事がどれほど偉大な事か!!

 ヒトを殺したのならば涙を流し、弔うことで罪を償える。貴様は、涙を流したか! 後悔に身を焦がしたか!! 惨めな奴め、クズめ、無能め! 快楽殺人者には死よりも辛い苦痛を与えねばならんでありやす」


 クロノスは激昂の声をあげた。

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