迷子の蒼衣さんと宮澤君3(終)

 翌日。

 予定通り開催された妖怪フェスティバルは盛況だった。

 今回の目玉のひとつである魔法菓子のブースの端で、美郷は楽しそうに喋くり倒すチンピラ大家を眺めていた。事故物件談義で明るく盛り上がる大家殿こと狩野怜路と東店長の隣では、今回の最大の被害者兼立役者のはずの美青年パティシエがひたすら申し訳なさそうに縮こまっている。

 はてさて、どうフォローしたものかと内心美郷は頭を掻いた。

 ブースを覗きに来る前にも、思い切り怜路に小言を食らった。この件に関して責任があるのはどう考えても美郷である。事前に注意を払わなかったことも、結果的に蒼衣の力を利用したことも、そもそも、ウッカリ蒼衣を「巴に招いてしまった」こと自体、恐らくは美郷の落ち度だ。

 餓鬼が蒼衣を異界に呼び込んだのとは別に、なにか大きなもの――いうなれば、巴を抱く山々の霊、巴の土地神が稀人マレビトとして蒼衣を呼び寄せたような気がしてならない。まんまと流れに乗せられ、良いように操られた美郷としては、たとえそれが神々の取り計らいであっても面白くなかった。

 敏感で繊細で優しい心は、闇に沈む者をそっと包み込むように優しく照らす。正に月のような存在だ。だがその優しさと柔らかさゆえに、月のごとく簡単に欠けてしまう。

 身を投げうって手を伸ばし、相手と同調して救うやり方は美郷らのようなプロには許されない。どこかできっちりと線を引いて、「あちら側」のモノを現世から払い除けるのが仕事だからだ。そのやり方は、あまりに本人の負担が大きすぎる。

 だが、と美郷は目を細めた。幸せそうにサブレを齧る子供の輪郭が脳裏を過る。

「――蒼衣さん、昨日食べられなかったベルサブレ、良かったらひとつ頂けますか」

 だいぶ気まずそうな顔をしていた美貌のパティシエが、ぱちくりとひとつ目を瞬いてからサブレを取り出してくれた。

「そういえば、美郷くんって甘いものは得意じゃないって聞いてたような気がするんだけど」

 覚えられていたか、と苦笑いする。菓子職人を前に甘い物嫌いなどと公言するような、無神経な真似をした記憶は無いというのに、いつの間にかしっかり把握されていた。餡子でなければ、などと適当に誤魔化してサブレを齧れば、チーズの香りと塩味の効いたサブレがほろりと口の中で崩れる。

 まさか、自分の為にと思うのは流石に思い上がりだろう。

 ワインにも合うように、とにこやかに解説してくれる青年(と言っても美郷よりも十近く上らしいが、全くそうは見えない)に届くよう、しっかりと思念を固めて送る。

『優しさで救われることもあるのだから、もっと自信を持っていいのに』

 美貌が驚きに固まるのを確認して内心頷き、美郷はしれっと両手を合わせて「ごちそうさまでした」と拝んだ。言葉でなく、心を受け取れる相手ならば、言葉を尽くすよりもこちらが早いと踏んだのだ。

 びっくりまなこで色々尋ねて来る蒼衣にへらりと笑い、美郷は改めて言葉で伝えた。

「昨日の事は、怜路も言ってましたけど、あんまり気にしないでもらえますか。ここは誰だって、そういうものに巻き込まれる可能性のある町なんです。むしろ、貴方だったから昨日は上手くいった。ほら、きっと今からも。……じゃあ、おれも持ち場に戻りますので。また、後で」

 フェスティバルの裏で行われている法会にも、蒼衣の魔法菓子は供えられている。

 頑是ない子供のようだったあの餓鬼を癒した菓子は、他の餓鬼たちの飢えも満たしてくれるだろう。時間になったため持ち場に戻ると一礼した美郷の前で、心優しいパティシエが少し安堵の表情を浮かべていた。

 傍らで客を捌いていた店長が、蒼衣に声を掛けるのが視界の端に映る。表向きのイベントも今から舞台でトークショーが始まるので、客足が落ち着いたのだろう。

 寄り添い、笑い合う姿は太陽と月だ。

 普段はきっと、ただひたすらに月が太陽に照らされているだけに見えるだろう。

 だが、太陽は決して、夜闇の獣に道を照らすことは出来ない。

 太陽と月、動と静、陽と陰、まさしく「ニコイチ」でいることが、多分彼らの世界をひとつ明るくする。

「まあ、末永くお幸せに」

 二人ともストレートの男性、片方は既婚者。決して「結婚」という意味ではないが、結婚以外にも「末永く共に幸せに」という関係があってもいいだろう。

 砂糖菓子で作られた童話の世界のように、それは甘く遠く。美郷の生きる世界は理不尽の塊であったとしても、遠くとも「在る」だけで、照らされる道もきっとある。

 眩しい太陽と月を背に。美郷は己の戦場いばしょへと足早に歩を進めた。

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巴×蒼衣さんクロスオーバーパラレル2 歌峰由子 @althlod

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