第6話 人造魔術師の願望

 帝国兵は兵士用の宿舎で共同生活をするのが一般的だが、将軍クラスの階級を持つ者になると、城内に専用の部屋を与えられてそこで暮らすことを許されるようになる。

 その待遇は貴族とほぼ同等であり、自分の好みに合わせた家具や生活用品などを取り揃えることを認められ、美術品などを飾ることも許可される。武装は個人の要望を尊重され、基本的に各人のオーダーメイドの品が与えられる。将軍ともなると一人で千の一般兵に匹敵するほどの戦力ともなるため、その価値に見合うだけのものが賞与として与えられるのだ。

 魔術師は、厳密に言えば将軍ではない。そもそも魔術師はスブリマトゥムを投与された強化人間ではないため、帝国軍の人間ではあるが『兵士』ではないのだ。

 しかし階級としては将軍と同等の地位にあり、与えられている権限も将軍が有しているものとほぼ同じ。有事の際に命令ひとつで部隊を動かすことができ、直接皇帝に謁見して意見を述べる権利を持っているのだ。当然、城内に専用の住居や賞与を与えられていることも同じだ。

 シャーリーンの部屋は、将軍たちの部屋がある場所とは離れた区画にあった。

 ルシアは、城の正面玄関から謁見の間までの道は知っていたが、それ以外の場所に関しては何処に何があるのかを殆ど知らない。こうしてシャーリーンの案内で彼の部屋に連れて行かれるのは、お決まりのことなのだ。

 自室に到着したシャーリーンは、ルシアを室内へと招き入れる。

 シャーリーンは、帝国軍に所属する以前は名門貴族の子息だったらしい。その頃からの趣味の名残が、その部屋には散見していた。何を描いているのかさっぱり分からない謎の絵画、奇妙な形をした彫刻、今ではごく一部の専門職人にしか作ることができないと言われているアンティークドールまである。揃えられている家具も繊細な彫刻を施された一級品ばかりだ。

 部屋の中央に鎮座した巨大な天蓋付きのベッドが、相変わらずの存在感を放っている。使われているシーツや布団なども高級品で寝心地は良いのだが、ルシアはあのベッドだけはどうも好きにはなれなかった。

 シャーリーンは部屋の片隅に置かれているカップボードに向かうと、そこから小さなガラスのボトルを取り出した。見た目はワインのボトルに似ているが、貼られているラベルの柄はルシアの見たことのないものだった。

 備え付けの小さなショットグラスにボトルの中身を注ぐ。ほんのりピンク掛かった琥珀色の液体を片手に、シャーリーンはルシアの元へと戻ってきた。

「はい、どうぞ。適当に座ってちょうだい」

「……僕はお酒は好きじゃないと前にも言ったはずなんだけどな」

「大丈夫よ、お酒じゃないから。ルシアちゃんが嫌いなものを無理矢理飲ませるなんてことはしないわよ、アタシ。貴族たちのお墨付きだから味は保障するわよ、安心なさいな」

 強引にグラスを渡してくるので、それを片手にルシアは手近なところに置かれていた椅子に腰を下ろす。

 グラスの中身をくいっと一気に飲み干す。

 確かに、シャーリーンの言う通り酒ではなかった。ほんのり清涼感のある甘さを感じ、飲みやすい。果実のジュースだろうか、今までにルシアが味わったことのない味だった。

 ルシアが飲み物を飲む姿を、シャーリーンはじっと見つめている。何かを言いたげな……しかし何も言う気はなさそうな、そんな感情を含んだ奇妙な眼差しだ。

「……僕の顔に何か付いてるのか?」

「いいえ、別に?」

 問いかけると、シャーリーンはふふっと笑いながら肩を竦めて視線をそらした。

「ほんと、ルシアちゃんって生真面目な朴念仁よね。そこが残念よねって思って。アタシ、こう見えて美貌には自信があるんだけどねェ。もう少し若かったらきっと青薔薇ロサにだってなれたわよ? それくらいの自信があるの。そんなアタシを相手にしてて何も感じてくれないのが、腹立たしいわよね」

「……僕はそういうことに興味はないよ。その手の話は好きじゃないんだ。すまないが」

「そうは言うけど……ルシアちゃんだって、全然ないわけじゃないんでしょ? そりゃそうよね、そうでなかったらアタシも今頃魔術師じゃなくなってるんだから。だからルシアちゃんがこの『お仕事』を苦に思わないように協力してあげようって言ってるんじゃないの。ルシアちゃんが自分からしたいって考えるようになるように。ねェ?」

「……何の話を……」

 ルシアは眉間に皺を寄せる。

 と──急激に視界がぐらりと揺れて、眩暈を感じたルシアは思わず椅子から転がり落ちそうになった。

「…………!?」

 何とか傍のテーブルに手を付けて椅子から落ちることだけは免れたものの、頭は相変わらずぐらぐらとしていて視界が定まらない。

 そのうち全身が火照ったような暑さを感じるようになり、息が苦しくなってきた。

「……何だ、これ……」

「……うふふふ、効いてきたみたいねェ?」

 そのようなことを言いながら、シャーリーンはルシアに近付く。

 彼はルシアを背中を抱えて椅子から立ち上がらせると、そのままふらついている彼をベッドへ連れて行き、その上にルシアを投げ込んだ。

 ろくに抵抗もできないままベッドの上に倒れ込むルシア。

 麻痺しているわけではないが、全身が錆び付いたかのように動かない。

 それでも何とか起き上がろうと身を捩っていると──その上に覆い被さるようにして、シャーリーンがルシアの両手を掴んでシーツの上へと縫い付けた。

「……一体、何を、飲ませたんだ……?」

「ああ、あれ? あれはね……一部の貴族たちの間で愛用されている特別な『お薬』よ。元々は経験不足で慣れていない若い青薔薇ロサとかに飲ませて体作りをするためのものなの。あれを飲むと、体が興奮状態になって『しやすくなる』らしいわよ? 普通にできる人には必要のないものだし、もちろんアタシも使ったことなんてないけどね。でも、淡白なルシアちゃんにはそれくらいが丁度いいでしょ?」

 シャーリーンは笑みを浮かべたまま、ルシアの喉元へと右手を伸ばした。

 ケープを捲り上げ、カソックのボタンをひとつずつ器用に外していき、胸元を大きく寛げる。

 外気に晒されたルシアの素肌。筋肉が付いて張りがある胸板を指の腹でついっと撫でる。

 直接肌を撫でられた感覚に、ルシアはびくっと身を震わせた。

 その様子を可笑しそうに肩を揺らして見下ろしながら、シャーリーンは言う。

「あら……普通に触ってあげただけなのに、感じちゃうの? 流石貴族御用達なだけあるわね、あのお薬。……こっちは、どうかしら?」

 胸を撫でたシャーリーンの右手が、下へと伸びる。

 内腿をまさぐられ、ルシアは咄嗟に自分の唇を噛んだ。そうしなければ思わず声を漏らしてしまいそうになったからだ。

 きゅっと瞼をきつく閉ざし、体を襲う刺激を懸命に堪える。

 くすくす、とシャーリーンはルシアの耳元に口を寄せて、囁いた。

「……ねぇ、ルシアちゃん。アタシはね、もっと力が欲しいのよ。最強の魔術師として、世界に君臨したいの。そのためには……アナタから、力を貰わないといけない。アタシのお腹の中に、目一杯アナタの力を注がないといけないの。そうしてもらわないと、アタシ、魔術師として生きていけないから。そのためだったら、アタシ、どんな手だって使うわよ」

「……やめ、るんだっ……そこを、触っ……あっ、やめっ……!」

「すっかり出来上がったみたいねェ。これだったら、たくさん、アタシに力を注いでくれそうね? ……不思議よねぇ、アナタの精液をお腹に入れただけで、その人間は魔術師になれちゃうんだもの。皇帝陛下さえ知らない、アタシとルシアちゃんだけの秘密。……念のために言っておくけれど、もしもアナタがアタシとすることを拒否して逃げたりしたら、この秘密、皇帝陛下にバラしちゃうわよ? そうしたらどうなるか……それくらい、理解できるわよね? アナタは頭がいいもの、馬鹿な抵抗はしないって、アタシは信じてるわよ? ルシアちゃん」

「…………!」

 自らの意思とは無関係にすっかり準備万端になってしまった己の体。それを震わせながら、ルシアは無理矢理着ている服を剥ぎ取られていく自分の様子を何処かぼんやりとした目で見つめていた。

 ぺろり、と唇を舐めながら、シャーリーンが自らが纏っているローブの裾を摘まんでたくし上げる。

「さあ……始めましょうか。アタシのお腹に、溢れるくらいにたっぷりと、アナタの力を注ぎ込んでちょうだいね? アタシが魔術師でいるために……期待、してるわよ?」

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アルキューレの心臓 高柳神羅 @blood5

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