第5話 協力者の勤め

 三人の帝国兵に周囲を囲まれる形で、大きな黄銅製のトランクを片手に提げたルシアが歩いている。

 現在の彼は普段のくたびれたシャツとズボンではなく、白地に群青の糸で蔓草模様の刺繍が施されたカソックのような服を身に纏い、群青のケープを羽織った司祭のような格好をしている。首には群晶から手折って直接革紐を通したかのような簡素な作りの水晶の首飾りを下げており、左の人差し指には銀の指輪が光っている。

 これは、彼の魔術師としての正装である。皇帝の命令で城へと赴く時は、彼は必ずこの格好をしているのだ。

 道中、彼は何も喋らなかった。

 唇を真一文字に引き締めて、そのように行動することを命じられた自動人形オートマトンのように、まっすぐに自分の来訪を待っているアルガリア皇帝の元へと歩を進めた。

 帝国の中心部に存在する、巨大な機械の城。

 全体を青いラインで覆われ、昼夜問わずそこで淡く光り続ける黒緑の金属の塊──その中へと足を踏み入れて、アルガリア皇帝が待つ謁見の間へと赴く。

 アルガリア皇帝ラキシスは、普段のように玉座へは座らず、その傍らに佇み、ルシアのことを待ち構えていた。

「久しいな、ルシア。余輩はそなたの来訪を心より待ち侘びていたぞ」

「七日ぶり、ですね。ラキシス皇帝陛下。……ですが、あなたが本当に待っていたのは、僕ではないでしょう? こちらの、薬の方なのではありませんか?」

 そう言って、ルシアはそこに用意されていた小卓の上に、持っていたトランクを置いた。

 鍵を開け、蓋を全開にしてその中身をラキシスへと見せる。

 トランクの中には、赤く透き通った液体で満たされたガラスの瓶がぎっしりと詰め込まれていた。

 ラキシスは瓶をひとつ手に取って顔の前までそれを掲げ、満足げに頷く。

「相変わらず、美しいな……魔装強化薬スブリマトゥム。肉体を強化し、人間を人間以上の存在に昇華させる魔術薬……投与しても魔術師としての力は得られぬのが残念なところではあるが」

「将軍専用の薬が、そちらの専用のラベルが付いている瓶です。間違っても一般兵に与えないように気を付けて下さい。濃度が異なりますから、一般兵に与えようものなら……」

「それは心得ている。一般兵の肉体ではこの濃度に適応できぬため、これを投与すれば死ぬ……のであったな。これの扱い方に関しては部下に徹底させている故、安心するが良い」


 帝国軍に所属している全ての兵士は、スブリマトゥムを投与されて肉体強化を施された強化人間である。

 通常の人間以上の体力と、腕力、それに耐えうる屈強な肉体を備えたその兵士は、魔術の力を身に纏った兵士、の意味を持つ『魔装兵』の名で呼ばれ、正規兵ではない未強化の訓練兵とは明確に区別をされていた。

 スブリマトゥムは、人体にとっては劇薬である。有毒というわけではないが、これを投与された人間は少なからず拒否反応を肉体に引き起こす。軽度のショック症状で済む者もいれば、最悪その場で死亡するケースも少なくはない。

 訓練兵が正規兵に昇格できるかどうかは、この薬を投与され、それに適応できるかどうかにかかっているのだ。

 薬は原液を何段階かに分けて薄めたものがそれぞれ用意されている。正規兵に昇格したての兵士は体が薬に馴染んでいないため、最も濃度が低い薬を投与される。体が薬に馴染んだら一段階上の濃度の薬を投与され、それに適応できれば更に強化された肉体を手に入れることができ、それに伴って階級も上がる……といった具合で帝国軍の階級のシステムは作られている。将軍クラスの兵士は、それこそ一般兵とは比較にもならないほどに高濃度のスブリマトゥムに体を適応させることができた存在なのだ。当然その肉体に宿った能力は一般兵のそれなど足下にすら及ばない。

 しかしそんな将軍クラスの人間ですら、原液を直接投与されたら一瞬で死ぬだろうと言われている。それだけ、スブリマトゥムとは危険な薬なのだ。


「時に……ルシア。以前から余輩がそなたに依頼していた件についてだが」

 手にした瓶をトランクに戻し、ルシアの方を見るラキシス。

 ルシアは、その言葉が何を指しているのかをすぐに悟った。

 微妙に表情を曇らせて、答える。

「人造魔術師の量産……魔術師のみで構成された部隊を作り、運用すると。……確かに魔術師は、魔装兵よりも遥かに強力な存在です。それが実現できれば魔機兵器はただの鉄屑と化すでしょうね。ですが……以前もお答えした通り、人造魔術師の量産は極めて困難です。一部隊を構成できるだけの人数を作り出すのは、ほぼ不可能ですよ」

「何故不可能と言える? 既に魔術師シャーリーンを生み出したそなたならば、魔術師を生むこと自体は難しくはないだろう」

「製法……と敢えて表現しますが、人造魔術師の製法は、量産化には適していない。それが最大の理由です。加えて人造魔術師は、僕のような生まれながらの魔術師とは異なり、身に宿した魔術の力を維持させ続けることができません。定期的に力を維持させるための処置を施す必要があるんです。その方法も簡単に行えるようなものではない……正直に言うと、人造魔術師はたった一人だけでも存在させ続けるのが難しいんですよ。今の僕には、現状を維持するだけで手一杯なのです。とても手を広げることなどできやしませんよ」

「……そうか」

 ラキシスは微妙に残念そうに肩を落として上を見上げた。

「そなたがそう言うのであれば……仕方がない。魔術師部隊の実用化は先送りとしよう。だが、量産化の目処が付いたその時は、着手せよ。これは余輩からの命令である。そなたには、余輩の命令を拒否する権利はない……念を押さずとも、分かるな?」

「……ええ。その時は、力を貸しましょう。そういう契約であることは、僕もちゃんと理解していますから。御安心下さい」

 ルシアはケープの裾を引っ張って身なりを整えると、ラキシスに対して会釈をした。

「では、僕はこれで。シャーリーンにも会って行かないとなりませんので」

「御苦労であった」

 ラキシスからの労いの言葉を聞きながら、ルシアは謁見の間から退出する。

 重厚な扉を通り、廊下を曲がると──壁に背を預けてすっかり寛いだ様子でそこに立っているシャーリーンと、目が合った。

「……そこにいたのか」

「あら、わざわざ迎えに来てあげたのよ? ルシアちゃん、このお城の構造未だにちゃんと把握してないじゃない。迷子になったら可哀想だと思ったんじゃないの。何か御不満?」

「不満はないよ。……でも、盗み聞きは頂けないな」

「別に盗み聞きなんてしてないわよ、人聞きの悪い。そもそもお薬の話なんて聞いたところで、アタシには何の関係もないし役に立たない知識だものねぇ」

「……やっぱり聞いてたんじゃないか」

「ああもう、いちいち細かいわね。口うるさい男は嫌われるわよ?」

 シャーリーンは肩を竦めて壁から背を離すと、ふふっと微笑んだ。

「……それじゃあ、アタシの部屋に行きましょうか。しっかりお勤め、果たしてちょうだいね? ルシアちゃん」

「…………」

 機嫌良さそうに腰を振りながら歩き出すシャーリーンの背中を見つめながら、ルシアは誰にも分からない程度に小さく溜め息をついたのだった。

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