第1話:ソーティング(3)

「いよいよ、最後の一人ですね」


 快活に発する太郎の口調は、どこかわざとらしい響きだった。

 数時間の会議を共にした同席者達へのねぎらいや、単なる事実確認の意図とは別に、ほんの僅かな悪戯心を滲ませている。

 それは他の面々も同じようで、これまで通りの冷静さを維持しようと務めてはいるものの、しかし表情や所作のどこかしらに落ち着きのなさが窺えた。

 ただ一人の例外であるダンウィッチは、場の空気の変化を感じ取り、腕を組んだままの姿勢で小さく息を吐いた。

 それから数秒後、卓上には最後の志願者の情報が表示される。

 映し出された、銀の短髪と鋭い釣り目が特徴的な少年は、誰かとひどく似通った雰囲気を纏っていた。


「ノーティ。遺伝係累はオクルスとアレイエ。近接戦闘ではソーエンに匹敵する成績を叩き出し、咄嗟の判断速度にも目を見張るものがあります」

「身体能力だけなら現職の警護員にも引けを取らないな」

「前衛が増えるのはマジでありがてーよ。デカい事件ヤマのときは、真ん前で粘れる奴が一人いるかいないかで全然違ってくるからなー」

「光波操術に幅を持たせるべきなのだろうが、優先的に格闘技能を伸ばしたくもある……さてどう指導したものか」


 ノーティと呼ばれる少年に対しての各自の評価は、手放しに高い。

 他の志願者の成績と比較してみても、ノーティのプリミス入りは確実。

 あとは太郎の口頭による承認を待つだけで――――それだけで、会議は終了するはずだった。

 しかし、太郎に先んじて、ノーティの等級を決めつける者が現れる。


三等級テルティスからやらせろ」


 呟いたのは、ダルクファーテルでもなければゾハールでもない。

 太郎の隣に座る、ダンウィッチだった。

 唐突に投げ込まれた冷ややかな一言によって、それまでの賑わいが嘘のように、場は一瞬にして静まり返る。

 苦笑する者、眉根を寄せる者、無機質な視線をダンウィッチに向ける者――――それぞれの反応はやや異なれど、しかし彼らの表情が物語る感動詞は“やれやれ”で統一されていた。

 実の息子であるノーティに対し、親たるダンウィッチが必要以上に厳しい態度を取ることは、ここに集う面々の間では周知の事実だったからだ。


「おいおい、そりゃねーだろダンウィッチさんよー。どう厳し目に見ても、テルティス扱いは流石に不当だろーよ」

「ああ、なのはわかっている。深刻な人手不足でどうしてもあいつを訓練生に迎えなければならない場合は、そうしろという話だ」

「過小評価だって言ってんだよー」

「根拠をお伺いしても?」


 むくれるエースを制するように、太郎が尋ねる。

 対応こそ中立的な立場を貫く太郎だが、その口調は、ほんの僅かにではあるが、ぞんざいなものに変わっていた。

 建設的な議論から逸脱しかけているせいだろう。


「お前達がたったいま語ったことの全てだ。それがそのまま根拠になる」


 間髪入れずに、ダンウィッチが返答する。

 ただ、さすがに端折りすぎているという自覚はあるのか、ダンウィッチは立体映像のノーティを凝視したまま言葉を続けた。


「正直に言おう、あいつは前衛にすら向いていない。オクルスの特性を濃く継いでいれば、あの程度の身体能力はあって当然……そして、あいつの判断の速さは本来考えるべきことを放り投げているが故のものだ。それぞれ異なる意味で、長所と呼ぶには無理がある。要するに、それなりに喧嘩の得意な、ただの餓鬼というわけだ。搦め手で攻められればひとたまりもない。そもそも、活動員に求められるのは、全体を俯瞰できる広い視野と、それに基づく冷静な判断力だろう。戦闘は最終手段で、むしろ水面下での工作が俺達の本領とすら言える。直情傾向のあいつが、存在の痕跡を残さずに立ち回れるとはとても思えん。大方、周りからおだてられて活動員を志したのだろうが、そんな生半可な気持ちでこの仕事が務まると思ったら大間違いだと言っておく。……ともかく、あいつはまだまだ精神的にも技能面でも未熟だ。無理に合格させたところで、他の訓練生の足を引っ張るに決まっている」

「わかりました。では、ノーティはプリミスということで」

「……俺の話を聞いていたのか?」


 爽やかに答える太郎に、ダンウィッチは目を細める。

 元々の形相と相まって、ダンウィッチが不快感を露わにしたときの威圧感は凄まじい。

 並の相手なら、ひと睨みされれば、条件反射的に身を仰け反らせてしまうことだろう。

 だが、太郎はその圧力を容易く跳ね除けながら、軽く頷いた。


「ええ、よく聞いていましたよ。だからこその決定です。問題点がこれだけ細かく洗い出されたということは、現状最も指導方針が立てやすいということでもある。ノーティの活動員入りは、あなたの指摘でより近づいたと言えるでしょう」


 ダンウィッチが、他の面々の評価を反転させて、ノーティの適性のなさを力説したように。

 今度は、太郎がダンウィッチの主張を取り入れて、ノーティを推すための補強とする。

 元より、ノーティの身体能力は志願者の中で最上位。

 その上で、克服すべき欠点が事前にほとんど判明しているというのなら、下の等級に置く理由は何もない。

 第一、本当に適性のない者は、とっくに不合格の判定を下されている。

 ここで名前が挙がる以上は、十分に素質があると見込まれた者達ばかりであり、その意味でダンウィッチの反論は的を外しているとも言えた。


「安心してください、ダンウィッチ」


 押し黙るダンウィッチの隣で、太郎の声遣いが乾いたものへと一変する。

 柔和な笑みと、落ち着いた物腰を保ったままで。

 急速に場を満たす、静かなる迫力。

 それは、ダンウィッチの視線よりも遥かに威圧的であった。


「もし本当に、あなたの言うようにノーティが活動員として不適格であるのなら……そうであると僕が判断したのなら、そのときは容赦なく叩き落としますから」


 太郎の双眸に宿るのは、候補生の未来を預かる者としての、絶対の覚悟。

 改めて示された決意を目の当たりにし、ダンウィッチは息を呑む。

 しかし負けじと、鼻を鳴らしてこうも答えるのだった。


「……思い通りにいくと思うな。あいつのしぶとさは一級品だ。何度叩き落とそうがしつこく食い下がってくるぞ。せいぜいその手が痛まんように気をつけることだな」


 そんなダンウィッチの物言いに、他の面々は、先のものとはまた別種の溜め息を漏らした。

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SHINING of DUAL 外伝 bunroku @bunrokuroku

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