第1話:ソーティング(2)

「フィニット。遺伝係累はアレイエとルクセー。記憶力と分析力に優れており、光波操術についても既に一部の上級技能を習得しているようです」


 続いて卓上に映し出されたのは、柔和な顔つきをした細身の少年だった。

 とても荒事に向いているとは思えないが、表示される各種成績に目を通せば、戦闘技術に関しても非凡な結果を残していることがわかる。

 他の候補生の評定結果と照らし合わせてみても、プリミス入りは確実といえた。

 もっとも――――フィニットの場合は、成績とは別の方面で、慎重に議論すべき点があった。

 本来であれば、太郎の口から仔細を説明する必要すべきところだが、ここに集う八人はおおよその事情を把握しているために、その手順は省かれる。

 そして、共有する情報が同じなら、抱く疑問も同じだった。

 ややあって、アラミツが全員を代表する形で太郎に尋ねる。


「……いいのかい?」


 その端的な問いの中には、幾つもの意味が込められている。

 一つ目は、フィニットの特異体質について。

 ナマートリュは、光の集合体とでも言うべき不定形の姿でこの世に生を受け、後天的に固体化を果たす種族である。

 しかしフィニットの場合は、自力での固体化を行えないという、極めて稀な個体だった。

 当該の問題は、“疑似生命鉱石”と呼ばれる装置の開発によって一応の解決に至ったが、裏を返せば、フィニットの固体化は装置によって維持されているに過ぎない。

 もしそれが、戦闘や不慮の事故で破損するようなことがあれば――――起こるべきことが、起こるべくして起こる。

 ナマートリュ本来の核である“生命鉱石”と合わせて、フィニットは二つの急所を持っているようなものなのだ。

 それにそもそも、疑似生命鉱石はフィニットの命を“繋ぎ止める”ために造られた代物であり、高負荷状態での安定稼働を保証する設計ではない。

 そして二つ目は、方々ほうぼう許可ゆるし

 フィニットを候補生として迎え入れるのならば、疑似生命鉱石の開発者であり、現在もフィニットの主治医的な立ち位置にあるリヒテラと呼ばれる技術者の同意が必須だ。

 また、手続き上こそ必須でないものの、入所に関して両親と話をつけることは、物事の筋道としてはやはり必須と言えた。

 太郎は、それら二つの疑問に対し、まとめて回答を行う。


「面談の際の、フィニットの決意は本物でした。体質を補うための立ち回りについても、独力で幾つか具体案を用意しているようです。また、ご両親やリヒテラも、本人の意志を尊重する形で最終的には同意を果たしています」


 太郎に言い切られて、一同は納得に至る。

 ただし、約一名――――シンを除いて。

 シンは、口を挟むことこそしなかった。

 だが、普段誰にも内心を悟らせることのないシンにしては珍しく、その表情は強い難色を示していた。

 シンの為人ひととなりを知る者にとって、それは真っ向からの反論にも等しい。

 表向きの同意と本心からの同意は同義ではない、とでも言いたげだった。

 そんなことは、リヒテラの元を訪れて直に話をした太郎が一番よく理解している。

 だから、シンの非難を受け止めつつも、その沈黙を反対意見として扱うことはなかった。


「では……」


 にも関わらず、太郎はもう一度、ゆっくりと周囲を見渡す。

 ここまで手際よく会議を進めてきた太郎にしては、異様な間の取り方だった。

 この場に集う面々に、そのわけを察することは難しくない。

 太郎はまだ、アラミツの質問に対する回答を完全には終えていないのだ。

 太郎の心情を慮るエースはたまらず、向かいの三人――――特にダルクファーテルとゾハールを凝視する。


「……流石にこればっかりは、お偉方そっちがわの意見があってもいいんじゃねーのか?」


 しかしエースの視線を受けても、両名は一切の返答をしない。

 ダルクファーテルは固く口を結び、ゾハールは口元に微かな笑みを携えたままだ。

 その突き放すかのような態度に、エースは強く歯噛みする。

 二人に対する苛立ちの表れではない。

 二人の対応が正当なものであると心得ているからこそ湧き出る、やり場のない感情がそうさせるのだ。

 余程の問題だからこそ、二人はなおのこと口を出すわけにはいかないのだ。


「どうなんだ、太郎」


 シェルダもまた、冷淡な口調で太郎に尋ねる。

 もはや語るまでもないが、アラミツの問いに込められた三つ目の意味は、他でもない太郎自身の覚悟の有無。

 当人の過失や不慮の事故による殉職と、明確な不具合のある者を前線に送り込んで殉職させるのとでは、まるでわけが違う。

 フィニットを“先”へと進ませるには、他の候補生の生命を預かる以上の覚悟が求められるのだ。

 そしてその判断は、太郎自身の意志によってなされる必要があった。

 太郎が訓練施設の教官筆頭だから、ではない。

 ダルクファーテルの実子である太郎は、いずれその名と役割を受け継ぎナマートリュの新たな指導者となることが半ば決定しているからだ。

 太郎が行う教官筆頭としての職務は全て、将来を見越した訓練。

 己の裁量を貫き通す、その訓練。

 その事実が前提にあるからこそ、ダルクファーテルもゾハールも、太郎に対してあからさまに非情な態度を取るのである。


「では、フィニットをプリミスに分類します」


 いっときの静寂を挟んだ後、全員の眼差しが自分に向けられた、まさにその瞬間を見計らって。

 力強く、太郎が発する。

 見開かれた双眸は爛然としており、もう十分に心の整理が済んだことを窺わせた。


「フィニットには、僕が直接指導を行います。彼が活動員として不適格であることをいつでも見定められるように。そして、そんな事態がけっして起こらないように」


 ダルクファーテルとゾハールが欲していたのは、まさにその言質だった。

 上に立つ者の覚悟とは、信念の強さそれ自体ではなく、信念の強さに裏打ちされた説得力ある理屈のことを指す。

 フィニットが太郎を説き伏せたように、太郎もまた、確かな論理を以て皆を納得させなければならなかったのだ。

 そんな太郎の姿を見て、ようやくダルクファーテルは深く頷いてみせた。

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