第1話:ソーティング(1)

 錚々そうそうたる顔ぶれが、大理石で造られた巨大な円卓を囲んでいた。

 意図的に照明を消された室内は薄暗く、卓上に存在するただ一つの光源が、かろうじて彼らの表情を照らし出すに留まる。

 しかし、その程度の視界であっても、彼らの同族ならば、彼らが何者であるかを判別することは極めて容易だった。

 列席する全員が、それほどまでに圧倒的な存在感を放っていた。

 豪華な装飾が施された専用の椅子に身を委ねているのは、“総主長ダルクファーテル”。

 各方面の長によって構成される合議機関ダルクを束ねる、ナマートリュの指導者である。

 その右席には、活動員の長である“統括長”ゾハールが。

 左席には、警護員の長である“警護長”シェルダが、それぞれ腰掛けていた。

 そして、三人と向かい合うように座る五人の青年は、活動員の中でも特に優れた能力と実績を誇る令名高き実力者達。

 ダルクファーテルの左手側から順に、シン、ダンウィッチ、太郎、アラミツ、スートエース。

 以上八名――――星の最高権力者と、その直属が率いる精鋭集団によってのみ行われる極秘の会議。

 議題はもちろん、国防に深く関係していた。

 緊急性こそ皆無であるものの、緊急事態と同じだけの真剣さを以て臨む必要がある内容。

 つまるところ、いずれリテラと地球の未来を双肩に担う者たち――――活動員候補生の評定である。


「では、次の者を」


 太郎の指示を受けたシェルダが、手元に存在する半球状の装置に触れた。

 すると、円卓の中央に浮かび上がった映像が別のものへと切り替わる。

 容姿と、先んじて実施した能力測定の結果、そして特記事項――――同時に表示される、三種類の情報。

 それを眺める者の半数は、ほう、と感嘆の声を漏らす。

 一方で、残る半数は、これといった興味を示さない。

 卓上に映し出される、赤みの強い金の髪を持った青年は、双方の態度に納得できる特徴を備えていた。


「ソーエン。遺伝係累はルクセーとオクルス。能力測定では知識と実技の全項目で高得点を出しています。シンやゾハールと同系統の、万能型ですね」

「いいんじゃねーの、一等級プリミスで」


 スートエースの発言の後に、しばしの静寂が訪れる。

 議論の余地が、何もなかったからだ。

 両親や経歴にしても平凡そのもので、憂慮すべき点は皆無。

 特筆すべき点があるとすれば、その平凡な環境の中で、これほどの能力を身に着けるに至った飽くなき向上心くらいのものだろう。

 流石に短すぎると感じたのだろう、アラミツが問いを投げかける。


「あとは、な気質なら文句なしだが、その辺りはどうだ」

「測定に立ち会った際の印象ですが……確かに、活動員を目指している割には随分と穏やかな性格をしているように感じました。その辺りの適性も、今後精査していくつもりです。……では、ソーエンをプリミスとします」


 太郎は一瞬だけ、向かいに座るダルクファーテルとゾハールの顔色を伺い、特別の反応がないことを確かめてから結果の記録に移る。

 自身の上役と、その更に上役が同席しているにも関わらず、会議の司会進行は太郎に一任されていた。

 向かいの二人は、基本的には沈黙を保ち、ただ会議の様子を傍観している。

 そう――――この場においては、候補生達の教官筆頭となることが決定した太郎の“評定能力の評定”も並行して行われているのだ。

 立場上、衆目に晒されることは日常茶飯事の太郎だが、さすがにこの二人の直視の前では、若干の緊張を露わにしていた。

 その見えない圧力から逃れるわけではなかったが、太郎は再び、シェルダに装置の操作を促す。

 次に映し出されたのは、嵐のように流れ膨らむ髪と、やたらと得意げな表情が目を引く少年だった。


「ストーム。遺伝係累はアレイエとルクセー。知識も実技も基礎が平均以下、応用が平均以上と、やや偏りが見受けられますが、総合成績では上位に食い込んでいます」

会渉士アルティスの出身かー。まーた珍しいとこから来たもんだなー」

「能力の偏りも、それ故ということか」

「主な派遣先に目を通しているが、この辺りの宙域は活動員でも中々立ち寄らないんじゃないか」


 エース、アラミツ、シェルダが口々に所見を述べる。

 高評価というよりは、単純に出自の物珍しさに湧いているといった空気だ。

 少し遅れて、ダンウィッチとシンも言及する。


「折角の異係累間子ミシェンテスだというのに、目立った個性はアレイエ特性に準ずるものばかりだな。機動力だけ突出していても意味がない」

「ルクセーの特性を引き継いでいるならもう少し“力”を出せる筈だ。早い内に矯正した方がいい」

「わかっています。基礎能力の強化も含めて、重点的にやらせますよ。……それで評価の方ですが、特に異論がなければプリミスに分類しようかと。他のプリミスと比べるとやや安定性に欠けますが、既に他惑星での活動経験があるというのは大きい」


 他の五人が、まばらに頷く。

 星外演習も訓練課程に含まれてはいるものの、安全性と秘匿性の観点から、現時点の予定では、実施場所はリテラの衛星に留まっている。

 二千年程度の期間とはいえ、幾つかの他惑星で異種族交流の経験もあるというのは、他の候補生にはない強みだった。


「では、ストームもプリミスということで」


 太郎は、プリミスの数がようやく目標数に届いて、安堵の表情を浮かべた。

 これから開設される訓練施設では、入所した活動員候補生が、その時点での実力に応じて三つの等級に分類されることになる。

 一等級プリミス二等級セクンダス三等級テルティス

 この内、活動員採用のための本試験を受けることができるのはプリミスのみ。

 セクンダスやテルティスは、定期試験を経て昇級していく必要があった。

 自他の境界線が他種族より希薄であるがゆえに、あまり個々の能力に明確な優劣をつけることのないナマートリュだが、活動員という文字通りに命の懸かったこの職業に限っては話は別だ。

 今はプリミス判定が続いているからいいものの、そうでないときには、それぞれの表情には確かな心苦しさが現れていた。

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