プロローグ:ストーム(4)
しかし、太郎が一体なぜ、何を――――
ストームがドルフに問いかけようとしたそのとき、いよいよ、投影された太郎が口を開く。
それを見て、ストームは咄嗟に水晶球を持ち上げ、太郎と目線の高さを合わせた。
通信装置ではないにせよ、見下ろしたままでは不敬な気がしたからだ。
『僕は“活動員”の太郎。この度は、
太郎の柔和な態度と朗らかな口調も相まって、どことなく
絵面と実態の大きな落差に、ストームはどう反応したものかと戸惑う。
『お伝えしたいことというのは、活動員の任命方式の変更についてです』
太郎の話を拝聴しながら、ストームは脳内で要点をまとめていく。
太郎ほどの傑物が任されていることから、そしてわざわざ公の場で発表を行うことからわかる通り、活動員という職業はナマートリュの社会において極めて重要な位置づけにある。
地球独自の文明および生態系の保護に直接・間接を問わず携わる、統括長直轄の遂行者集団――――
地球、ひいてはリテラの未来をも左右しかねないその要職に就くための正規手段は、これまで存在しなかった。
あらゆる分野において高い能力を示す逸材の中の逸材が、統括長直々の招請または現職の活動員による推薦を受けることでのみ加入を許される仕組みなのである。
だが、既存の逸材を勧誘するだけでは、いずれ人数が頭打ちになってしまうという問題があった。
そこで統括長は、今年とうとう、任命方式を推薦制から試験制へ変更することを決定。
併せて、活動員を養成するための訓練所も遠からず開設されるという。
単に間口を広げるだけでなく、従来の活動員にあった個々の技能格差も解消できる――――基本的にはいいことづくめの制度一新である。
「活動員になるための訓練で大体何でもやらされるから、自分の適性の見極めもできるってことか……」
ストームにとっては恐ろしく好都合のいい報せだった。
ストームが自身で口にした通り、活動員の任務は多岐に渡る。
外敵を排除するための直接戦闘は勿論のこと、諜報に交渉、事件の再発を防止する計画の策定。
訓練生は、これら全てにおいて専門職並の技能を身につける必要があった。
己の限界を否応なしに試されるこの訓練所は、己の行く先を決める道標としては確かにこの上ない。
「どうだ、ストーム」
「どうもこうも、こんなの通わない理由がないだろ。というか、最初からこういう所があるって言えばいいのに、意地の悪い親父だぜ」
「自らが進むべき道を自らで決めることも責任の一つだ。故に、選択の余地は残さねばならない」
「そうだな……確かにそうかもな」
納得の表情を浮かべたストームは、岩肌から身を剥がし、数歩歩いて完全に洞窟の外へ出た。
まだまだ夜明けには遠く、眼前に広がる深い森は、依然として底なしの闇を作り上げている。
だが、先程まで天を覆っていた雲は彼方へと流れ、今は無数の星が煌めいているのを視認することができた。
衛星を持たず最寄りの恒星も遠いこの惑星では、夜空もそう見栄えするものではない。
にも関わらず、ストームがわざわざその光景を目に焼き付けたのは、外と内、どちらが闇でどちらが光なのかを定めようとする己の行為の無意味さを確かめるためだ。
他の何かに導かれたから向かうのではなく、向かいたいという己の欲求で向かう――――すっかり錆びついてしまっていたその意識を、ストームは再び研ぎ直す。
「試験に落ちても、適性を考慮して他の職業に回してくれるとは言ってたけどよ……どうせなら目指してみたいよな、活動員を」
「何より重いものを、背負うつもりか」
「一番の難関ってことは、自分が何者なのかを一番細かく計れる物差しってことだ。いつまで続けるかどうかはさておき、なっておくのは悪いことじゃないと思うぜ」
「そうだな……今は目標を定めるだけでいい。行く末は、現時点で語ることではない」
子の意欲を削がないような言葉選びができるドルフを、ストームは敬服する。
もしも自分がドルフの立場だったら、そのようないい加減な心構えでは、活動員になることなど到底不可能だとでも口にしていたことだろう。
あるいは、息子が活動員になれるだけの器だと本当に信じていてくれるのかもしれないが。
活動員としての訓練を積んで“眼”を鍛えれば、父の感情の機微を読み取ることができるのだろうか――――ふとそんなことを考えて、ストームは苦笑を漏らす。
「まあ、ほんの少しだけ待っててくれよ。ちゃんと重くなって、みんなに自慢しに帰ってくるからさ」
軽やかな口調でドルフに告げると、ストームはそのまま夜の散歩に出る。
これからすぐに、仲間達に脱退の意志を表明するという気分ではなかったというのが理由の半分。
もう半分は、踏みしめる大地の固さを、もう少しだけ感じていたかったからだ。
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