プロローグ:ストーム(3)
「いずれこうなることは、お前を会渉士として迎える前から予期していた。予期していながら、止めることも告げることもしなかったのは、私の独善だ。お前が私の後を継いで次代の長となる“その未来”に、些か以上の執着があったことを認めよう」
「まあ、親父はとりわけ俺に口うるさかったし、そのつもりなんだろうって、みんなも思ってるだろうな」
「だが、それは真の継承とはいえない。私は私の信念に従い、この仕事に身命を捧げてきたが、それはあくまで私個人の話。同じ道程を辿れば同じ場所へ行き着くという考えは……浅はかにも、程があるのだ」
ドルフの鎮痛な面持ちからは、ストームへの謝意と同時に、強い自戒の念もまた感じ取ることができた。
ストームの立場としては、許すも許さないもない。
現状に退屈しているというだけで、この環境がストームにもたらしたものは、苦痛よりも恩恵の方が遥かに勝る。
だが、自らにも厳しいドルフにとって、私情に流され適切な対応を取るのが遅れてしまったことは、それだけで非に分類されるのだろう。
その実直さに、ストームは思わず苦笑する。
それに、息子を手ずから育て、培ってきた経験や技術を託したいという心情も十分に理解できるものだ。
「……それで、何だってんだ? あんたが俺のことをよく知ってるように、俺だってあんたが、わざわざ世間話をしに来るような性格じゃないことを知ってるぜ」
「リテラに戻れ、ストーム。ここはお前の居場所ではない。少なくとも、今はな」
そういう話の流れであることは覚悟していたにせよ、こうまで直接的な物言いになるとは思っておらず、ストームは言葉を失う。
他人から別の道を示されるというのは、こうまで心が揺さぶられることなのか、それとも自分が惰弱なだけか。
思索の末、その思索自体が惰弱の証であることを悟ったストームは、現状の最優先である口を開く作業に注力した。
「戻れってのは、しばらく他所の仕事を手伝えって意味じゃないよな」
「無論だ。お前が求めているのは、“他の何か”と不可分の存在になり、その重みを背負うことだろう。“会渉士のストーム”でいる限り、それを得ることは難しい」
かえって憎らしくなるほどの、的確な分析だった。
ストームの煩悶を、間違いなく当人よりも明瞭に、そして簡潔に言語化できている。
責任を負わずに済んでしまう環境が生み出す苦しみは、責任を負う環境に身を置くことでしか取り除くことはできないのだと――――
解放されるために枷を嵌めるという、一見すると矛盾した行為。
それこそが、ストームが現状を抜け出すための唯一の方法だった。
気の知れた仲間たちと別れる寂しさや、これからの生活に対する不安は勿論ある。
しかし、これから手に入れようとしているものの価値と魅力の前では、そんなものは草むら程度の妨げでしかない。
ストームの心は、とっくに決まっていた。
「……とはいえ、何になったらいいのかね、俺は。親父は簡単に言うけど、どんな仕事だって、そう簡単に務まるものじゃない。背負えるところまで行ける保証もない」
「それを見極めるのも、これからお前がすべきことの一つだ」
「まあな……」
自由であるがゆえに、ストームは己の限界を試す機会にも恵まれなかった。
得意分野も漠然としており、確固たる技能の段階までこぎ着けたものは一つもない。
才能や能力の壁にわざわざぶつかりに行くなど酔狂な真似だが、自分という存在を定義するためには、まず輪郭を作るところから始める必要がある。
もっとも、その理屈を理解できたところで、では“何に”と、話はもう一度振り出しに戻るのだが。
――――と、ストームが思い悩む未来までもを読んでいたのだろう。
ドルフはストームのもとへと歩み寄り、纏った外套の中から、内部に淡い輝きを灯す水晶球を取り出した。
「とはいえ、ただ自由の中に放り出す荒療治を、私は良しとしない。ゆえに私は、
「しるべ……? どっかいい所でも紹介してくれるのかよ」
促されるままに、ストームは水晶球を受け取る。
握り拳程度の大きさを持つそれは、リテラで用いられる記憶媒体の中でもかなりの高級品だった。
情報の読み書きだけではなく、それらを視覚化して反映する機能を持つ。
つまるところが、立体映像投影装置である。
実際に触るのは初めてだったが、情報の閲覧だけなら、他の記憶媒体と使い方に違いはない。
ストームは指先からかすかな“光”を送り込み、すぐに装置を起動させた。
瞬間、装置の内奥から真上に向かって無数の細い光線が放たれ、それらが折り重なるようにして投影すべき映像を作り上げていく。
生成されたのは、まだ若干の幼さを残しているものの、その外見年齢に相応しくない圧倒的な貫禄を放つ青年のナマートリュ。
ストームは、その姿に驚愕し目を見開く。
「おいおい、なんつうもん貰ってきてんだよ……」
引きつった笑みを浮かべながら、ストームは手のひらの上で装置を左右に回してみる。
そして、心を落ち着かせるためにその青年の名を発するが、ドルフはゆっくりと首を横に振った。
ストームは数瞬遅れて、その静かな否定が意味するところを思い出す。
「今は“太郎”と名乗っているそうだ。くれぐれも、向こうでは間違えるなよ」
「わかってるよ」
太郎は、ナマートリュの間で知らない者はないとされるほどの傑物だった。
加えて、リテラの双子星である
特別な出自、傑出した能力、輝かしい経歴――――
その全てを考慮すれば、ナマートリュの次代を担うに相応しいという評価さえ、もはや適切ではない。
太郎の存在自体が、ナマートリュの次代を意味しているのだ。
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