プロローグ:ストーム(2)
「不足はないようだな」
天井は低いが、横幅と奥行きだけは相当にある洞窟の中。
数百からなる鉄箱の中身を検め終えて、薄紫の蓬髪を肩まで伸ばした壮年の人物が、そう呟く。
その人物の名は、ドルフ。
ストームの実父であり、星外労働者“
集めた物資の最終検品が完了したことで、その様子を見守っていたストームほか二十人ほどの会渉士はほっと一息をつく。
会渉士は皆、その職業柄、希少品の真贋や純度を判別する能力に長けてはいる。
だが、ドルフの“眼”は他の誰よりも精巧で、状態の合格基準も相応に厳しい。
ドルフの保証が得られるまで安心できないのは、新参者も熟練者も同様だった。
特に今回は、ストーム達の種族“ナマートリュ”が母星に設置している、
規定量を集めきることができなければ、整備計画に大きな狂いが生じることになる。
「ただし、問題はある。南地区担当が仕入れてきた鉱石三種に、著しく破損しているものが多数見受けられた。加工に支障が出るほどの損壊でなかったとはいえ、選別と輸送には細心の注意を……」
「まあまあ、なんだかんだ無事に済んだんだから、お小言はナシにしようぜ。そいつだってきっと反省してるさ」
ストームが庇い立てるような発言をしたにも関わらず、仲間たちの視線はどこか冷ややかだった。
彼らの反応と、今回の仕事で南地区を担当した人員がストームただ一人であることは、けして無関係ではないだろう。
説教を続けようとする意志よりも、息子のふてぶてしさに対する呆れが勝ったのか、ドルフは小さく溜め息を付いたあと、一時解散および明朝までの休憩を宣言する。
とはいえ、活動拠点として利用している、この洞窟の中から出る者はほとんどいない。
今は真夜中で、辺り一帯は深い森に囲まれている。
加えて、明日、
こうした時間が生まれる場合、ほとんどの会渉士は、拠点の中で雑談や盤上遊戯に興じるのが常だった。
ストームは、その賑やかな空間に混じることはなかったが、かといって外に特別の用があるわけでもない。
まだ、決めかねているのだ。
どこに行くかを、何をするかも。
確かなのは、どの選択肢であろうと、新鮮味に欠けるということだけ。
ストームは洞窟の入り口という光と闇の狭間で、ただ立ち尽くす。
そうして数時間が過ぎた頃だった。
洞窟の奥から、こちらに向かってくる人影があることに、ストームは気付く。
その落ち着いた足取りから、影の正体を絞り込むことは容易だった。
「やはり、不足しているようだな」
「おいおい、今更なに言ってんだよ。誰がヘマしたのかは知らないけど、今からもっぺん仕入れに行くのは無理があるぜ。どうにか量を誤魔化してさ……」
「お前の話だ、ストーム」
ストームの真向かい――――もう一つの狭間に立ち、ドルフはいつもの淡々とした口調で告げる。一向に自分の不手際を認めない態度を遠回しに詰られているのだろうと、ストームは面倒臭さを露わにする。
しかし、ドルフの意図は全く別のところにあった。
「身軽な自分に、飽いているのだろう」
「親父、別に俺は……」
「私に見抜けないとでも思っているのか。ここ
ドルフの指摘は、一理あるどころか、真理だった。
ストームの人生には、自由しかないのだ。
会渉士は、ナマートリュの社会において、リテラの“外”――――四つの衛星を含めた一般的な活動領域を出ることが可能な数少ない役職の一つだ。
ナマートリュの文明を維持・発展させる上で必要となるが、自星だけでは賄えない、ごく一部の希少資源。
それらを、他惑星に赴いて自力で採取または交渉を経て入手するという、一筋縄ではいかない仕事。
少なくともリテラの中よりは刺激に満ち溢れた生活が待っているだろうという漠然とした動機で、ストームは会渉士の一団に加わり――――そして自分の予想が正しかったことを確信した。
遠く離れた異星、そこで暮らす異種族、自分達の常識が全く通用しない異文明。
多様性の洪水の中で育まれたストームの感性は、柔軟性に富んだものとなった。
加えて、会渉士の業務自体も、当人の裁量に委ねられる部分が多い。
一定期間内に各自あるいは班ごとに設けられた目標を達成できるのなら、細かい日程は不問。
手早く仕事を片付け、余剰の時間を遊んで過ごすことさえ可能だった。
要領がいいストームにとっては、まさに天職で、会渉士の仕事に生涯を捧げるのも悪くないと考えていたこともあった。
だが、会渉士の資格を得て千年も経つ頃には、当初の熱はすっかり消え失せてしまっていた。
自分が何の責任も負っていないという事実に、気付いてしまったからだ。
年齢的に、会渉士の中で末端の地位にあるというだけの、単純な話ではない。
ナマートリュは、限りなく自己完結に近い生命維持能力と、他種族を遥かに上回る長い寿命を持つ生命体だ。
ゆえに、会渉士の仕事は、重要性を伴っても緊急性を伴うことはない。
ストーム達の不手際で頭を抱える者はいても、直接の困窮には繋がらないのだ。
いかなる命も預からず、いかなる失態も許容範囲に終わってしまう、自由という名の、事実上の放逐。
何かを掴んでいようと、掴んでいる実感を得られないのであれば、それは何も掴んでいないのと同義。
宇宙空間に投げ出されたような、空虚な感覚に囚われたまま、ストームは今を生きていた。
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