SHINING of DUAL 外伝
bunroku
プロローグ:ストーム(1)
背の高い木々が乱立する暗鬱とした森の中を、五つの影が目にも留まらぬ速さで駆けていた。
厳密には、先行する一つの影と、それを追う四つの影。
両者はほとんど互角の速さだったが、前者の方が若干遅く、徐々に相対距離は縮まっていく。
(仲間との合流地点まで、まだ一時間はあるな……)
前者――――紫の髪を逆立たせた少年、ストームは、自分の軽率な判断を後悔する。
“仕入れ”の帰りに、普通に歩けば半日かかる街道を通るのを面倒がって、森を突っ切る最短経路を選んだのは失敗だった。
おそらく、近くに賊の縄張りがあったのだろう。
大荷物を背負ったストームは、彼らの格好の餌食。
中身がなんであれ、その容積自体に旨味を感じたのだろう。
かくしてストームは、彼らに襲われることになってしまった。
「駄目だな、こりゃあ」
背後から聞こえる足音と怒号の活きの良さからするに、追手の執念と体力は、まだまだ途切れそうにない。
どうにもならない現実を直視した結果、ストームは大きなため息を吐き――――そして、諦めることにした。
ただし、“追手を振り切るという最も穏便な選択肢”を、である。
決断するや否や、ストームは足を止めぬまま、一瞬の間に肩紐から体を抜いて、自分だけ真横に飛び退く。
空中に置き去りにされた荷物は、まるで困惑するかのような歪な軌道で地面を転がっていった。
その滑稽かつ迫力ある絵面を眺めて、ストームは苦笑する。
なにしろ頑丈な布と革紐で強引にまとめ上げられた大小無数の箱の集まりは、ストームの体が丸々五人分は収まりそうなほどの体積を持つ、正真正銘の大荷物。
遠目には、むしろストームの方が、身を軽くするために投げ捨てられた物体のように見えるだろう。
ストームは、この重量物を背負いながら――――加えて言うなら、これを背負ったまま通り抜けられるような木々の隙間を的確に選び取りながら、ここまで逃げ果せてきたのだ。
諸々の制約から解き放たれたストーム本来の機動力は、無論のこと、追手のそれを圧倒的に上回っている。
「中のブツに目がくらむのはわかるけどよ……」
足元の土や草が弾け飛ぶほどの勢いで跳躍したストームは、そのまま大きな宙返りを行い、すぐそこまでやって来ていた追手の一団の背後に回る。
四人の追手は慌てて身を翻すが、そのとき既に、ストームは次の一歩を踏み込んでいた。
「あんなもんを運べる奴が、こういう奴だっていうのもわかれよな!」
不敵な笑みを浮かべるストームは、そう言い放ちながら、最寄りの一人に鋭い回し蹴りを繰り出す。
防御態勢を取ることもできなかった追手は、肩口にその一撃を受け、真横に吹き飛ばされた。
追手は進路上にあった巨木に全身を打ち付け、そのまま昏倒する。
体格から見積もったストームの推定体重と蹴りの速度を掛け算するだけでは、けして到達しえない威力。
その威力に何かがあることを察したのか、他の三人は間合いを取って、攻撃手段を懐に隠し持っていた投擲用の薄い金属刃に切り替える。
直後、三人は手にした刃を、ストームめがけて続けざまに投擲。
狙いはいい加減なように見えたが、ストームの現在位置を正確に狙う者と、ストームの機動力を考慮に入れてストームをその場に縫い付けるように左右を狙う者とでしっかりと役割分担がなされていた。
賊のくせに―――いや、賊だからこそ、実戦での連携が仕上がっているのか。
ストームは感心しながらも、次々と飛来する刃を巧みに躱していく。
現場仕込みという話なら、ストームも同様。
過去に何度も、この手の厄介事には遭遇し、そのたびに切り抜けてきた。
「へっ、当たるかよ!」
ストームにとっての回避とは、自分の安全を確保するための逃げの一手ではなく、敵に詰め寄るための攻めの一手。
軽快な動きで危なげなく刃の雨を抜けたストームは、残る三人を先の一人と同じように、次々と蹴り倒していく。
疾風怒濤という言葉が相応しい、短時間での決着。
何の成果にもならない余計な一仕事を終えたストームは、深く一息を吐くと、周囲に倒れ伏す追手を一瞥する。
漆黒の装束に身を包み、頭部から二本の角が突き出す異星人の賊――――
いや、その表現は、ある意味において不適当だった。
ここは彼らの母星であり、仕事の一環で来訪したストームこそが、この場における異星人なのだ。
荷物の中身である数種類の希少金属は、長旅の末に、現地住民との正当な取引を経て入手したという経緯がある。
その価値もさることながら、多大なる手間という観点からも奪われるわけにはいかない代物だった。
後続がやってくる可能性や、道中また別の賊に襲われる可能性も捨てきれないため、ストームはすぐさま荷物のもとへと駆け出す。
そして、眼前の光景に思わず顔をしかめた。
「うわっ、思いっきり穴空いてんじゃねえか……。どうしたもんか……」
派手に地面に落としたせいで包みの布が裂けてしまったのか、その隙間から、適当に詰め込んだ小箱類が漏れ出していた。
それらは、革紐の巻き方をどう工夫したところで、固定のしようがない。
ストームは、どうにもならない現実を直視した結果、諦めて、素直に救援を呼ぶことにした。
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