6、ある人物の1日の平凡な記録(1)

がたん。記録。びっ

ある人物の1日の平凡な記録。 びっ

今は彼以外の誰かが見ているようです。

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男は午前7時5分にほの暗い眠りから引きずり出される。

実は25分前には脳自体は覚醒し意識もおぼろげながらもいくらか明瞭ではあるのだが彼はその事実を認めたくないらしく体を動かそうとはしない。

1度動いてしまえば嫌でも面倒な労働への準備をしなければいけないし壁掛け時計は故障しているのかそれともこの男と同じく働きたくないのか

その長針をほぼ毎日のように誤差を引き起こしていた。

だから嫌でも時間を確認するために布団から手の届く距離にあるテレビの電源を押し好きでもない朝のニュース番組の誰からも好かれていると自覚しているようなメインキャスターの男性アナウンサーと顔と体の見た目だけで金を稼いでいるような実力のない不愉快な声を出すアシスタントを目にしなければいけない。それだけでもその日1にちを乗り越えようなどという気力が削がれてしまった。


びっ 補足説明 語り 挿入 びっ

彼が住まうアパートは築20年ほどでそれほど汚くはない。

ここに引っ越してきたときは二十歳そこそこでそれは9年前のことだった。

その間一人で住んでいる。

賃貸物件には部屋を清潔に保たなければいけないという義務があるということを知ったのもその年のことで大したことではないにしろこういう常識的なことを知れるのだから一人暮らしは始めてみるものだなとひとり感心しきりだったのを 今は輝きを写さない瞳の奥に青い彼が存在している。

彼はある程度それを守りそのおかげで持ち前の限定的なきれい好きさを手に入れている。

びっ


男の朝のルーティンは時計とは違い誤差は少なかった。

6分に布団から這い出て起き上がり台所の洗面台に向かう。そしてまず歯を磨く。その間2分。その際、お湯が出る蛇口をひねっておいて歯磨きが終わり次第、髭剃りに取り掛かる。

シェービングムース缶の上部ボタンを一押し右手の平の中心に勢いよく白い滑らかな泡を大ぶりな栗程度の大きさに出し、のっぺりとした丘陵の少ない顔全体にうっすらと平均的に塗り広げる。長年使い続けているジレットプログライドを手にすると逆さに構えのど元あたりから顎先、量頬、鼻先から眉の間の順に剃り上げていく。

ここでは少々時間を必要とした。付け替えの刃は半年ほど替えていない。

新品の刃ではピーナッツの薄皮よりも弱い皮膚がカミソリ負けを起こしてしまうからだ。荒れた切れ味悪い刃の方が肌に優しいという理論を6年ほど前には確立させていた。

そうして最期に唇下の硬い毛をそり落とすとあらかじめ出しておいた45度のお湯で泡と未練がましく顔に張り付いているヒゲを洗い落とした。

居間に戻りテレビラックに掛けてあるタオルで顔を拭いてから仕事道具が一切入ったデニム生地でできた肩掛け式のバッグに前日に洗濯しておいた職場のユニフォームをたたみ入れ前日に買っておいたペットボトルのお茶も入れた。

この時点で7時13分 ほぼほぼ予定通り。

ここからは説明するのも簡単で寝間着から外出用の服に着替え家を出る7時34分までの19分ほどは畳んでいない布団に横たわり胎内回帰のような精神的な安らぎの時間を味わうのだ。

布団はいつも帰宅してから畳む。帰ったときそれをルーティンの基点とするために。

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ひとり 吉行イナ @koji7129

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