5,お前が私なら
あれからしばらくは心情的には穏やかな日々が続いていた。
まるで終わらない日向ぼっこをしているようだった。
現実には風の冷たさは日ごとに増して肌を薄ら紅に色づかせるほどの気温になっていた。日当たりを無視し繁殖域を広げ始めた太く張りのある苔はいくらかその寒さを防いでくれた。虫たちも冬支度に忙しいのか、はたまた苔を味わうには旬の時期ではなくなってきたのか、このところその貪欲な姿を見せなくなっていた。
いささか寂しいような気持ちもあったが
ただでさえ衣服を身に着けず肌のほとんどの面積を寒風吹きすさぶ外気に露出させているのにこれ以上緑の肌着を食い破られたら。
そう思うと股間が勢いよく中心に向かって収縮するのを感じた。
それに共鳴して背中から全身に悪寒の高周波が走る。
びっ びっ
ほうほうお前も寒いときたか。そう口に出すと苦楽を共にしている気がして気分がいくらか華やいだ。最近はこんな自己完結型の解釈が専ら私の独り言のお供になっている。
もずくも最近は機嫌がいいのか発する音もずいぶんまろやかになってきた気がする。
もちろん私がこ汚い水晶玉の音を凝視すると侵入者が来たことを知らせるサイレンのように、あるいは入浴シーンを覗かれた女子高生がとがった甲高い悲鳴をあげるように びっ びっ と嫌悪感を露わにするのだ。
アナフィラキシーショックみたいだと思った。こちらから接触を試みるごとに私に対する拒絶はもずく自身も自覚がない中で育っていくのかもしれないし
それは知らぬ間に積み重なりある日突然何かしらの衝撃によって引き起こされるのかもしれない。拒絶は私に罪悪感にも似た後味の悪さを味あわせた。
だがさきほど言った通りそれは私が接触を図った場合の話でほおっておけばさしたる問題はなかった。
もずくは時々、様々な感情の屁をこいては黙るを繰り返していた。
私と同じで独り言が好きなだけなのかもしれないと思った。
私と同様にこいつも私の声がノイズに聞こえていてうるさいのだったら当然の反応だし私もこいつとの付き合い方に慣れる過程でもずくの癇癪めいた奇声ノイズには思わず黙れと罵声を浴びせ頭を抱え痛みと無念さに打ちひしがれたこともあったのだから。もずくからしたら私の方がわけの分からない異物ノイズなのかもしれない。
もずくとは違い私はもずくをずけずけと何度ものぞいている。
その度になぜこいつはこんなに汚い音を出すのかなどと罵りつぶやきを吐き聞かせたこともあるのだから私がもずくだったらそれはそれは全身のあらゆるエネルギーを1点に集めてできうる限りの憎しみとストレスとそれを源にする怒りを音にして私にぶつけるだろう。
しかしながら私はもずくを覗き見ることをやめられなかった。
なんでかは分からない。わかったら大したものだ。
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