4,もずく

異物から逃れるために眠りに逃げ込んだのはいいのだが本来、音と認識されていたそのノイズは眠りから覚めると徐々に物体として私の意識の中で分類されていった。

形状はまだ未確認だ。そしてのこりっ屁みたいなノイズを出す。色も手触りも匂いもおおよそ見当もつかない。舐めたらどんな味がするのだろう。歯ごたえは?私の声が聞こえるのか?悪態をついたら機嫌を損ねるのか? ならば試そう、 この かす へちま とんま へーんだ!

…何も反応はなかったが無視をされたのか聞こえていなかっただけなのか判断はできなかった。

ただそれは私の心をひどく疲弊させる能力を持つ。いや性質というべきだろうか。

それとも仕組み?システム、構造、あるいは摂理。

私はひねくれた気取った言葉は嫌いだと思った。

現時点でその音を象った物は私からしたらただの嫌がらせを好んで存在意義としているように思えた。

ただの出来の悪いノイズとしての存在ならその耳障りさをもって疲れることだけ以外を見たら気にも留める必要もなかったのだがそれだけではない。

あれは私の体を通過し伝う過程で私を確固たる標的と意図して言葉を投げかけている。

私が思う通りノイズ物体(現時点では完全なる物体かは定かではない)が私に少なからず悪意を持つ存在だとすれば私に対する嫌がらせをさらにエスカレートさせることは地球から月のクレーターに住んでいるうさぎ宇宙人同士の性交を肉眼で目視することよりも明らかだ。補足するとまったくどうなるか想像もつかないということだ。

だが私にもわかってはいるのだ。この思案が馬鹿げたトンデモナイひとり相撲であるということで実際にそれが私の実体に牙をむくことはあり得ないということは。

しかしそれをを取り除くまでにはいかないにしろその正体すら掴めないでいたら

そいつは私をどうにかするだろう。決していい意味合いの事ではなく。

「さすがに死ぬなんてことはないだろうけど」

私はそのノイズ物体の姿をいまだ目で確認できていないだけで音を通してすでに認めてしまっている。そのことを少なからず後悔していることは間違いないのだが

お前はそこにいると許可してしまったのは他の誰でもない私自身なのだ。

まだ結婚の経験もなく恋人も数年来いない中でろくにセックスをする機会もない私が

認知ということを意識して行うのは人生で初めてのことだった。

成り行きとはいえ一度認知してしまったからには責任を取らなければいけないのかもしれないと思った。私は腕組みして右手で苔の生えた喉元をポリポリと搔きあくびをした。

「もずく」なんとなくそんな固有名詞が口をついて飛び出した。

なんとなく名前を付けなければいけない気がしたのだ。

が、まさかそんな駅前の居酒屋チェーン店でとってつけたように出されるお通しのような「すいません定番ではないのだけれど」と言い分けをして身の置き所がない性格の名前が出てくるとは自分でも予想だにできなかったがなかなかどうしてお似合いの名前だと感じた。(ちなみに私はもずく酢はそれほど好きではない)

当のノイズが気に入るかどうかは別として命名者本人が納得できる名前を1度で決められるのは難しいことだろうしなかなか経験できるものではないだろう。

再び もずく、と口にするとノイズが響いた。 びっ びっ とまた屁を垂れているらしい。心なしか抑揚が大きかった。さしずめ嬉しっ屁というところだろうかと解釈した。もちろんそうでない可能性も大いにあったのだが、こいつはあながち悪いやつではないのかなと思った。印象というのはきっかけ一つでこうもがらりと変化するものなのかとも感じた。

私の口元には知らぬ間に微笑みが作られていた。







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