第1章 オンエア②

中学のとき、放送委員会というのがあった。給食の時間に好きな音楽を流してくれるので、何度かリクエストしたことがある。あれと同じだろうか。

 チラシに書かれた、活動内容を見てみる。

*学校行事の司会・撮影

*地域行事の司会・撮影等の補助

*作品制作

*アナウンス・朗読

 以上。

 音楽については書かれていないため、こちらが思う内容とは違うみたいだけど、目を輝かせるようなポイントは見当たらない。

 強いていえばアナウンスだろうか。

 宮本はアナウンサーを目指している? 申し訳ないけれど、それほどいい声をしているとは思えない。

 だけど、僕はその道のプロではない。向き不向きや、才能があるかないかなんて、本人にもわからないということは、身を以て知っている。

 他人の夢を否定してはならない、ということも。

「ふうん。おもしろそうだね」

 とりあえず、同調してみた。食事に誘ったり、今日の僕は、宮本相手に慣れないことばかりしている。

「だろ? ってか、町田はどの活動に興味を持った?」

 宮本がテーブル越しに体を乗り出してくる。余計なことを言うんじゃなかったと後悔しても、宮本の荒い鼻息を前にすると、訂正する気力は削がれていく。

 興味と言われても……。

「アナウンス、かな」

 やはり、これが一番無難なのではないか。

「すごいよ、町田! 自覚してんじゃん」

「はあ?」

 僕のこと? 訳がわからない。

「おまえの声って、ホント、いいもんな」

 表情から見て、お世辞ではなさそうだ。

 僕の声がいい? そんなの、生まれてこのかた、一度も言われたことがない。

 陸上部での「ラスト一周」といった声出しのときだって、鼻にかかったような僕の声は、他のヤツらのようにグラウンドの端まで響き渡らず、ほんの数メートル先で空気に混じって消えていくように感じていた。

 自分では、あまり好きじゃない声だ。

「そうかな……」

「自覚してないの? もったいない。まあ、自分の声って頭がい骨に響くとかで、他人に聞こえているようには、聞こえてないもんな。ましてや、マイクを通したらどんな声になるかなんて、想像しないだろうし」

「マイク?」

「そう。町田の声はそのままでもいいけど、マイクを通した方がもっといい」

 宮本は自信たっぷりな様子で断言した。一緒にカラオケに行ったこともないのに。

「根拠でもあるの?」

「俺さ、ラジオが好きなんだ。だから、こうやって生の声を聞いているときも、マイクを通したらこんな声だろうなって、想像しちゃうんだよね」

 だから、時々、目を閉じていたのか。とはいえ、洋服が透けて見えちゃうんだよね、と同じニュアンスに思えて、気持ち悪い。

「そうなんだ……」

 愛想笑いを浮かべながら、椅子から少し腰を浮かせる。ガタンと鳴った。

「ああ、待って。本題はこれからだから」

 本題? 理解できないまま座り直す。

「今まで、町田とあまりしゃべったことなかったから自信なかったけど、今日、話しているうちに、やっぱり、俺の目利き、いや、耳利きは間違いなかったって、確信したよ」

 宮本は胸を反らせて、まっすぐ僕を見た。つられて、こちらも姿勢を正してしまう。愛の告白らしきことなら、直ちに逃げよう。

 たとえ、走れない僕に、宮本がすぐ追いついてくるとしても。

「町田の声は、俺の理想の声なんだ!」

 ガヤガヤと賑わっている店内に、宮本の声が響き渡った。

 周囲の視線を感じ、僕は身を縮めて俯いた。恥ずかしくて、顔を上げることができない。ましてや、声を出すことなんて。

 今、この状況で、僕の声に興味を持った人は少なからずいるはずだ。そして、僕が少しでも声を発したとたん、たいしたことないじゃん、とがっかりされる。

「ゴメン、なんか熱くなって」

 宮本は声のトーンを少し落とした。

「俺は、脚本家を目指しているんだ」

 顔を上げると、宮本の表情はこれまでになく真剣なものになっていた。

 脚本家。ドラマや映画の脚本を書く人だというくらいの認識はある。

 母さんは時々、テレビを見ながら「やっぱり、この人の話はおもしろいわね」などと言っているけれど、僕にはそれが、脚本家のことなのか、原作の小説家のことなのかすらわからない。

「だから、放送部に入る」

 宮本の熱意は感じるけれど、どうにもピンとこない。

「文芸部じゃなくて?」

 確か、文化部一覧に載っていた。本を書くのならこちらではないか。

「いや、放送部なんだ」

 宮本は譲らない。もう一度、放送部のチラシを見たものの、どこが脚本家に通じるところなのかわからない。

「これ」

 宮本が指をさした。「作品制作」の項目だ。

「この、作品というのは、ドラマのことなんだ。ラジオやテレビの」

「なるほど」

 ようやく、脚本家と放送部が繋がった。放送部とはそんなことをするのか、とも。

 チラシにひと言書いておけばいいのに、と思ったものの、それが載っていたとしても、僕のような初めから興味のないヤツは、読みもしないのだから、効果は同じなのだろう。

「俺はラジオドラマを作りたい、だから」

 宮本は再び僕をまっすぐ見つめた。

「町田、一緒に放送部に入ろう!」

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単行本『ブロードキャスト』 湊かなえ/角川文庫 @kadokawa_bunko

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