いつかミューズになれたなら
京子は冬休みが開けて卒業式を終えた数日後、振り返って休日の学校に来ていた。
職員室にいる教員以外誰もいない校舎は一層静けさを増していた。
京子はスリッパを履いて美術室へ向かうとまだ飾られてドレスが4つ並んでいた。
暖房のない部室は寒く京子は着たコートを羽織り直して自分の席に座る。
「寒い…」
机に伏せた京子は視線だけ真野が作ったドレスに目を向けた。
「凍死するぞ。」
バサッと音を立てて後ろから何かをかけられ身を起こした京子は目を丸くした。
「真野先生…」
タバコをくえた真野は自分のコートを京子にかけて隣の席へ腰掛けタバコを戻した。
「車で吸おうとしたらいるから驚いた。」
いつものように真顔の真野は京子をじっと見た。
「すいません、卒業したのに。」
「いや、俺もよくここに来てた。」
「落ち着きますよね。」
あれからずっと話していなかったが卒業した途端気まずさは不思議と京子には無かった。
ただここにいる心地が良くて安心していた。
「来年は美術部員も増えないと廃部もあるかもな。」
「町田さんだけですもんね。」
「何だかんだ寂しがってたぞ。」
ぶっきらぼうな町田が寂しそうな表情をするのが似合わず京子はつい吹き出した。
「いい後輩です。」
いつの日か髪ゴムをくれたことを思い出した京子は
真野に微笑み返した。
立ち上がった京子は真野の作ったドレスの元に行ってドレスに触れて言った。
「私、このドレス好きです。」
「嗚呼、ありがとう。」
真野は視線を京子に移した。
京子もドレスから真野へ視線を移す。
「このドレスが好きです。私もこんな綺麗なドレスが着たいです。いつか真野先生のミューズになれる日が来たらこれよりもっと素敵なドレスを着たいです。」
涙を堪えた京子は必死に真野へ笑いかけた。
真野は何も言わず京子を見つめていた。
「いつか私のドレス作ってくださいね。」
鼻をすすった京子は真野に満面の笑みてま笑いかけると真野は少しだけ口角を上げた。
「嗚呼、いつかな。」
それから京子は真野に挨拶をして白い雪が残る道を泣きながら歩いて帰った。
真野を迎えに美術室へ着た早見は真野がドレスを見ている姿を見て少し微笑んだ。
2人は絶対に果たされない約束を交わした。
京子は真野の心が姉から変わる事が無いと知りながら真野へ思いを伝えた。
真野も京子に次会う事は無いと思いながら京子を悲しませない様に頷いた。
「先生…好きでした…っ。」
白い息と共に吐いた京子の声は真野には届かない。
その代わり真野は京子の事を忘れる事は無い。
共に色褪せる事のない初恋は1つの青いドレスから始まった。そしてそれはまた2人だけの思い出へと姿を変えてゆく。
2人の日々は青いドレスだけが知っている。
人魚色の恋 胡蝶蘭 @kochou0ran
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