聞こえすぎる私と、聞こえないあなた

えけす

第1話私たちの日常

 異なる文化に属する人たちは、違う言語をしゃべるだけではなく、おそらくもっと重要なことには、違う感覚世界に住んでいる。感覚情報を選択的にふるいわける結果、あることは受け入れられ、それ以外のことは濾し捨てられる。そのため、ある文化の方の感覚的スクリーンを通して受け取られた体験は、ほかの文化の方のスクリーンを通して受け取られた体験とは全く違うのである。―エドワード・ホール『かくれた次元』より


 例えば足の不自由な人が階段を登れないと言ったら、「車いすでない人だって、しんどい思いをして登ってるんだ。わがまま言うな」と突き放されることがあるだろうか。まどかが小学生の時、だんだん全身の筋肉が衰えていく病気の子がいた。彼が先生たちに車いすごと担がれて運ばれていっても、誰も文句は言わなかった。彼は、『見て分かる障害』だから。

 でもまどかは生まれて17年、本当に困っているのに、自分の障害を『わがままだ』と言われ続けている。先生からも、同級生からも、母親からも。

『見えない障害』だから…



「皆はもっと頑張ってるし、運動会の練習なんて数百人の生徒がやりとげてる道なんです。こんなことで倒れるとは思わなかったんですよぉ」


 日焼けしていて筋肉質で、体も目もサヨリのように細い。だがハコフグのような立派なえらが張っている。そんな神経質で硬そうな人物の口から発せられているとは思えないほど、間も気も抜けた体育教師の声は、コイの餌の麩くらい軽くて責任も何もなかった。だがその残酷な台詞は円の胸をいとも簡単に食い破った。


「こんなことで⁉娘の特性を、入学前からさんざんお話しましたよね!娘は普通より音に過敏だから、授業や行事では最大限配慮してくれると言った、あの言葉は嘘だったんですか⁉」


 体育教師と父親、円が向かい合うダイニングテーブルが、父親の怒鳴り声にぐらぐら揺れる。買ってまだ年数が経っていないテーブルなのに、脚が曲がっていて不安定だ。母親の咀嚼音が不快すぎて、円が食事を中断した時、「私が傷つくだろ!」と怒り狂った母親がテーブルをひっくり返したからだ。


「でもね、聴覚障害?じゃない生徒だってね、多少徒競走のピストルや応援の声がうるさくても、頑張って練習はやってるんですよ。みんなも我慢してるんだし、障害者だからって1人抜けると、みんなも迷惑ですからね」


 迷惑。みんなも我慢してる。たった17年しか生きてないのに、何百回も何千回もたたきつけられた無理解で愚かな凶器の言葉を、円はまたぶつけられた。


「聴覚障害じゃなくて聴覚過敏です‼︎何度言ったら分かるんですか!」

「なあ…」


 左隣にいる父親側の耳珠を人差し指と中指でつぶし、同じように左目もつぶる表情になった円に、ようやく父親が気づいた。

父はハッとして、もう部屋に帰りなさいとジェスチャーで円に告げた。円が台所の襖を閉めるか閉めないかで、また父親の抗議が再開する。


「…娘を受け入れると言っておきながら、娘の障害名すら覚えてないのが何より無関心の証拠じゃないんですか!僕の妹と同じように、あの子は普通じゃないんです。娘が妹と同じことになったら、あなた達の責任ですよ!」


 このマンションから今すぐ飛び降りれば、目に見えない自分の障害を理解しない人間と永久におさらばできるのだろうか。自分のせいで迷惑をかけ続ける父親の荷を下ろしてやれるのだろうか。

だけど、残念ながらあの世にも円を理解してくれる人なんていない。生きても死んでも理解者がいない自分なんて、最初から生まれる価値がなかったじゃないか。あ、だけど会ったことのない叔母さんなら受け入れてくれるかな?

-不要な音は気にならないよう無意識にフィルターアウトすること。全ての音を必要以上に拡大して聴覚処理野に届けないこと。普通の人には当たり前に備わっている脳の機能が、円には生まれつきなかった。

それがまともなら、17年間生き地獄みたいな人生じゃなかったのに、どうして。よほど前世で悪いことをしたんだろうか。涙がこぼれそうになったが、泣いてもどうにもならないから、両腕に爪を立てて耐えた。

まもなく引っ掻いた跡が蚯蚓腫れで痛痒くなるだろうから、部屋にある痒み止めを塗らなければ-そうして顔を上げたその時、廊下に仁王立ちした鬼の形相の母と目が合った。恐怖が全身を駆け巡るより先に次の瞬間、びちゃん!と生の鶏肉を思いきりまな板に叩きつけたような音とともに、左頬を腫らした円はものも言えずに廊下に倒れこんだ。


「バカじゃないの。運動会の練習ごときでぶっ倒れるなんて。あんたは障害だなんて嘘だ、私を困らせるためにわざと怠けてるんだろう!」


息をするのもやっとの円は、頭を庇いながら必死で言葉を紡ぐ。


「違います…怠けてなんか」

「嘘つくな!チョウカクカビンなんて病弱気取ってんじゃねえ、甘えたれが」


苦い鉄の味を噛みしめる円に、母親は汚物を見るような目で吐き捨てた。



「いじゅ●ごぉウウンッうし▼から…みが□△●いま…ぅ。みぃ@*ピリリッ…あぁぁは…っき@#しのての…かで…」


 隣の席の同僚が洟をすすりながら、ハンカチを目に当てていることに、ゆかりははっと気づいた。新婦の母親の口の形を、全神経を集中して凝視していた彼女はそこでやっと周りを見た。


普段は小言しか言わない庶務のおばさんは派手な原色のハンカチを、セクハラまがいのスキンシップを毎日してくる課長代理は『日本英霊』というロゴが入ったハンカチを、それぞれ赤い目に当てている。


-まずい。また空気を読まない冷たい人だと思われる…


縁は式場の皆が、ただ1人周りとは違う反応をしている自分に気づく前に慌てて鞄を漁った。


「こんあ●…あ☆*が…っ#カシャカシャす…な@え…パチパチ」


 とりあえず感動的なエピソードを述べているのは雰囲気で分かるものの、どんなにその声と口の形に集中しても、内容は半分も分からない。花嫁母の声はただでさえ小さく、嗚咽も入っていてこの上なく聞き取りづらい。

ときおり混ざるカメラのフラッシュ音とすすり泣きの声が、音の取捨選択ができない縁の聞き取りをますます困難にさせる。

それでも、 せめて結婚に至るまでの経緯ぐらいは知っておかないと、結婚後も仕事を続けるという先輩に失礼だ。縁は意を決して、いつも持ち歩いているメモを取り出した。


『筆談してください』


ボールペンでそう走り書きしていると、ワインを飲んでリラックスしている様子の同僚がこちらを向き、目が合った。


【ええ〜、今?うざっ】


和やかだった同僚の表情が、縁のメモを見るなり、そんなことを言いたそうな険しい顔になった。ガーン、縁の心に金づちが振り下ろされたようだった。


(だから、手話通訳も付かないなら結婚式なんて出たくないって言ったのに!何よ、『耳が聞こえる人だって、嫌でも同僚の結婚式には顔を出すんだ。聞こえないからってわがままだ』なんて!みんなの言ってることも式の流れも、1人だけ分からずにぽつんと座ってるのがどんなに辛いか、想像もできないからそんなこと言えるんでしょうよ!これだから聴者は…!)


なんで自分だけこんなに悲しくて悔しい思いをしながら、華やかな結婚式で無理矢理笑ってなきゃいけないんだろう。縁はついに俯いてぽろぽろ涙をこぼし始めた。だが、感動泣きする人が大勢いる中で、その涙の理由に気づく者はいない。


「…わぁ△まぁ、」「ワーーーッ」


 突如沸き上がった拍手とどよめきに、スピーチが終わったことを知る。顔を上げると、新婦親族席の人と目が合って、にっこりと笑いながら会釈をされた。縁は自分も笑顔を作り返して拍手をしながら、内心は疲弊していた。

ただでさえ、ほとんど聞き取れない音声言語が飛び交っている中で、披露宴の雰囲気を壊さないよう、全力で周りの状況を伺って合わせなければならない。しかも、何の話をしているのかも分からないのに、人の笑顔に相槌を打たなければいけない。辛いなんてものではない。

それでも必死に、次の行動こそ周りから浮くまいと、キョロキョロ目を彷徨わせていたその時。


「…い、お…や△●ち!あぁに…キョロ#@し…呼ばれてえぇん…ろ!」


 耳元で大声で叫ばれびくりと肩をすくませながら振り返ると、いつもの、『面倒くせえなあ』という上司の小杉の顔が眼前10cmに迫っていた。


(え?なんだろう⁉︎)


小杉は、身構える縁の肩を掴んで強引に立たせ、人差し指で縁の横を指した。見ると、にこやかな表情の式場スタッフが、こちらへおいでと手でジェスチャーしている。


(え?え?)


 頭の中に疑問符と恐怖をいっぱいに浮かべながら、縁はやってきたスタッフに手を引かれ、先ほど花嫁の母親がスピーチしていた檀上に引きずられていった。


(しまった!)


 頭の中に氷の棒を差し込まれたように、全身の体温が下がった。だがもう遅い。縁は何も分からないまま、スタッフに檀上で何か歌うように指名されてしまったのだ。

壇上から小杉の顔を見つけ睨みつけるが、彼はにやにやした表情でこちらを一瞥した後、すぐに別の女性部下の方にとっておきの笑顔を-縁には1度もくれたことがない笑顔を、振りまいている。

他の同僚も、小杉に意見して自分の立場を揺るがしたくないのか、あるいは厄介者の縁が恥をかかされそうな場面に助け舟を出す必要がないと思っているのか、誰も何も言ってくれない。


(そんな…!)


 今大地震でも起こって、結婚式どころじゃなくなってくれたらどんなにいいだろう。ついでに小杉の頭の上に何か落ちてほしい。けれどそんな都合よく、縁の切なる願いを聞いてくれる神様はどこにもいなかった。


「…たって@ださ…の、●△…!」


 怒りと恥と絶望に押しつぶされそうな縁の横で、花畑でも広がりそうなスタッフの呑気な声が響いた。



「ゲホッゲホッ、クシャン!」


 ガタン!いかにもわざとらしい咳払いとくしゃみの後に続いた。これまたわざとらしい、椅子の足が床にぶつけられる金属音。自分の意志とは関係なくびくりと体が揺れて、反射的に耳を手で塞いでしまう。

音の方向を思いきり睨みつけると、にやにや笑いの男子生徒と目が合う。そして彼はまた面白そうに周りの同級生とひそひそ話をするのである。


「きもいよね。いちいち音するたびに見てくるとか」

「絶対ヤバイ奴だって」

「動画撮ったよ!今度LINEでみんなに回してやろ」


 耳までかっと熱くなる。円は今すぐその無駄に伸ばした爪ごと、ふざけたデコを付けたスマホを手から引っ剥がして窓から投げ捨ててやろうかと思う。

けれどそんなことをやったら確実に多勢に無勢、こちらの方が何百倍もの暴力を受けることは分かっている。事なかれ主義の担任は、厄介者で普通ではない円の方を悪者扱いして、単位を盾にいじめのことを騒ぐなと脅してることも分かりきっている。

大体、「聴覚過敏だから、トリガー音を出す生徒からは離して、1番後ろの席にしてほしい」とはっきり要望を出したのに、嫌な音を出してくる同級生の隣で、しかも教室中の音が飛んでくる1番前の席に設定しやがった、このクソ担任に期待できることなんて何もない。


「おいおい、かわいそうだろ。あいつ障害あるんだぜ。だから音したら反応するのもしょうがないんだって~」


 話している内容とは裏腹に、そう話す別の男子生徒の表情には明らかな侮蔑の色が浮かんでいる。そして『障害』という部分にたっぷりの嫌味と軽蔑を載せて発音している。


「そうだよね~、かわいそうな子だからバカの学校行かなきゃならないのに、なんでうちら健常者の学校来てるんだろうね〜浮いちゃうの分かってんのにね〜。あ、バカだから分かってなかったりして」


 別の女子生徒が、それに同調して吐いた台詞に、円は今度こそ全身の血液が沸騰した。

円が本当に入りたかった高校に行ける可能性は、最初から母が潰してくれた。そこで円は、母が進学を許してくれる高校の中でも、最難関の高校を選んだ。

優秀な高校なら、いじめなどという馬鹿なことをしてくる生徒も少ないかもしれない。そう父と話し合い、必死で猛勉強して入った先がこの有様だ。

こいつらも、勉強だけはできるから、将来優秀な地位につくのだろうか。頭は良くても人権意識の欠片もない輩が公務員やら、政治家やらになるのなら、当然世の中も円のような人間を徹底的に苛め抜く構造になるはずだ。

円の心が黒に塗りつぶされていく。どこまで逃げても、この学校を卒業して社会に出ても、私が人と違う限り、いじめは追いかけてくるのか…。


「ええと、問題27番、出席番号27番一青さん」


 修羅場の地獄に迷い込んできた、道化のような担任の声が教卓から飛んでくる。円ははっと伏していた顔を上げ、ノートと黒板を見比べる。大丈夫だ、解けていた問題だ。

そのまま、さきほどひそひそ話をしていた同級生に、特に件の女子生徒にはこれでもかの殺気を込めた一瞥をくれてやりながら席を立つ。その視線にいやらしい笑顔と、生意気だという凄みを載せた威嚇の表情で返される。無視して、黒板に向かう。さっと足が進行方向に伸びてくる。予測していたので、ひょいと跨ぐ。


「ジョーダンじゃんジョーダン。あいつマジ空気読めねえよな〜」


ふと、担任には本当にこいつらの声が聞こえていないのかと円は思った。 あいつらが、聴覚が普通より鋭敏すぎる自分にしか聞こえないよう、声量を調整してるだけなんだろうか。

それとも単純に厄介ごとが嫌いな担任が聞こえないふりか、悪ふざけやじゃれ合いとして済ませようとしているだけなのか。そこまで考えて、円は考えることを諦めた。

どちらにせよ、どうせ地獄だ。結果を変えられないことについて無駄に考察する暇があるなら、今日はどうやって同級生達の嫌がらせを避けながら下校するか、帰ってから自分を罵るしかしない母親を躱すかを考えた方が有益だ。

ただでさえ、聴覚過敏があると普通の人より疲れやすいのだと、以前かかっていた病院の先生が教えてくれた。それなら少しでも結果を出せることに力を注いだ方がいい。この17年の人生で学んだことだ。


「先生、この公式2通り解き方ありますね。両方書きましょうか」


無表情で担任に聞くと、満足そうな笑みで頷かれた。この担任は、勉強の態度が積極的か、たとえ地毛でも頭が茶色くないか、ハンカチやティッシュをちゃんと持っているか、スカートを折ったりズボンを下げたりしていないかよく見ていて、それらを全て守っている生徒が好きだ。それだけ細かく見ているくせに、いじめだけは何故か見えないようだが。

だけど、あと少し我慢すれば晴れて卒業を迎え、この監獄のような高校ともおさらばだ。それからのことは考えても仕方ない。

今できるのは、少しでも先生の気にいる言動をし、できる限りの高評価を貰って、就職に有利な内申をもらうことだ。それから、無理やりにでも父親を説得してあの家を出て行ってやる。チョークを握る手に力が篭る。


ガアッシャアン‼︎


突然、鼓膜から鉄の棒を突っ込まれて脳を直接ぶっ叩かれたような衝撃が走った。脊髄反射のレベルで、円は両手で耳を塞ぎ蹲る。びっくりした拍子に、黒板のへりに置かれていたチョーク入れに手が当たってしまい、しゃがんだ頭上に降ってくる。

いつも嫌がらせしてくる同級生の1人が、故意に缶ペンケースを机から落としたのだ、と気づいた時には、円の頭はチョークの粉で白、赤、黄色に染まっていた。同級生の爆笑が耳障りに響いた。



会社の昼休み前、腹痛で倒れた。昨夜から鳩尾の左側を、見えない針で刺されるような痛みがあった。時間の経過とともになくなるだろうと思い、前傾姿勢で耐えていたが、段々針がカッターになり、包丁になり、耐えきれないほどの激痛に進化した。

脂汗を浮かべて呻いていると、ようやく同僚の一人が「お腹痛い、早退する」というメモを上司に代わりに渡してくれた。歩くたび差し込むような痛みが辛かったが、縁は上司の付き添いを拒否した。

どうせ一緒に付き添ってくれるとして、縁の耳が不自由なのをいいことに、車内で好きなだけ目の前で暴言を吐かれるに決まっている。

言葉は聞こえなくとも、目つきや表情、相手の雰囲気でどんなことを言っているのかくらいはすぐに分かるのだ。

それに、この前1人で残業していたら、突然上司に後ろから胸を触られ、とても怖い思いをした。呼んでも返事しないから体に触れて気づかせたのだ、というようなことを言っていたようだが、その表情にはいやらしいものしか読み取れなかった。

耳が聞こえないことをいいことにセクハラしてくる人と、2人きりで車に乗るなんて自殺行為だ。


(それにしても…)


これから行く病院は、自分をちゃんと受け入れてくれるだろうか?

テレビの手話ニュースで、『手話のできる看護師が勤めている』と紹介されているのを観てから、次に体調が悪くなったらあの病院に行こうと決めていた。

例え最寄りの病院から二駅分離れていて、電車賃も時間もかかるとしても、やっぱり自分の納得できる説明をしてくれる医者がいい。キリキリとしたお腹の痛みに耐えつつ、そんなことを考えていると、突然座席にガンという振動を感じとった。


(なに?)


驚いて顔を上げると、怒った顔の中年男が、縁を指差しながら何か言っている。

-しまった。また、話しかけられていたのに気づかずに放っておいてしまったパターンだ。

補聴器はガタンゴトンという、大きな電車の音ばかり拡張して、男の声は聞き取れない。だがこの場面で、相手が言いたいことは大抵1つだと、経験から知っている。


私の障害は見て分からないから、支援が必要だと気づいてもらいにくい。


ため息をつきつつ縁は傍の鞄を開け、内ポケットに入れた障害者手帳を男に見せ、横側の髪をかきあげて補聴器も見せた。

ところが、男は事情を理解して謝るどころか、縁の胸ぐらをいきなり掴んだ。


「…‼︎」

「…ぃおえ☆い…ら*で…」


縁は恐怖で固まった。殴られる?引きずりおろされて、もっと酷い目に遭わされる?胃の痛みでろくに抵抗もできない縁のシャツを掴む手に、すっと伸ばされた別の手があった。

綺麗な顔の男の子だと思った。けれどすぐに制服の脚元がズボンではないことに気づく。ベリーショートに刈り込まれた髪と、膝丈のプリーツスカートが、恐ろしくアンバランスだった。

その顔は、今の縁と同じく、恐怖にひきつっている。まだ年端もいかない少女が、自分のために、大の男相手に必死で立ち向かってくれているのだ。

男が、【若い女が生意気な】という顔になる。少女の手が小刻みに震える。しかし、果敢に男を見据え、口を開くのはやめなかった。


「ガタンゴトン…かぁ、き…ぇな●ひ@ぁ…ゴトン…け#ば…ぁい」


また大きく電車が振動して、女子学生の声が掻き消される。けれど今、彼女が自分の伝えたいことを完璧に代弁してくれたと、縁は確信した。男の顔が赤くなって引きつる。遠巻きにしていた周りの乗客の、男を見る視線が冷たくなる。

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