1-3(ディテクティブ オフィス)

◯月◯日

異世界に来て2日になった。つーかこの世界に月日とかねぇの?清掃職の上司にカレンダーはないかって聞いたら、「その辺の蛇口じゃぐちでもいいから顔洗ってこい。仕事に支障が出る」とか言われた。なんかからかわれた気がするが、そもそも曜日感覚がないこの世界が非常識なだけだから。

×月×日

4日目。上司に今日はあじが降るからカゴを用意しとけと言われた。3回くらい聞き直したが、やっぱりあの魚の鯵が空から降るという。ギリ土から魚が生えてくるのは覚悟していたが、もうなにがなんだか。

「…大丈夫か?本当に休んでいいぞ?」

だからこの世界が非常識なだけだって。

△月△日

6日目。レベルがやっと5になった。探偵に転職できる今、別にここにいる必要はないので上司に辞めることを報告しにいったところ、「え?マジで?いやぁもったいないななぁ、せっかく上達してきたと思ったのに!あんたの言ってることは基本何言ってるかわかんないけど、ここでやめちゃったら折角の清掃の素質無くなっちゃうよ?…なぁ、どうして俺に背を向ける?なぁ、なぁ!」とのこと。いや誰だよ昨日俺に雑だから全部やり直しって言ったヤツ。


ということで、この6日間清掃職せいそうしょくでレベル上げをした。正直あの辺りの職と関わることは、もう2度とないと思う。とは言え、一応衣食住できるお金と少しばかりの貯金ができた。初日からうまくいかず、餓死がしでもするんじゃないかという不安があったが、まぁ脱出できてなにより。ちなみに寝床としてとある格安の宿があったのだが、その旅館を管理している人と仲良くなったりした。

「おっ、今日は随分ずいぶんとはえぇな!確か探偵に転職するんだってな?帰ってきたら、昨日お前が酒酔いして無くした俺の役職カード、探偵とやらの能力で探すの手伝ってもらうからな!っはっは!」

「おっちゃんが無理やり飲ませた上に、カード見せつけてきて手を払った拍子にどっかに行ったんだろ。連帯責任だからな。…んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」

「おう、気をつけてな!」


「…ねぇ、あの旅館の、、、ハデルさんだっけ?私あの人あんまり好きになれないんですけど」

「それはお前が会話を許可する性癖対象せいへきたいしょうが女だけだからだろ。あの人はいい人だよ」

ハデルからこの世界のことについて色々教えてもらっているうちに、一緒に飲むまでの仲になった。年は40くらいだろうか。あっ、この世界なんとお酒の年齢制限がなく、誰でも飲める。んでハデルに勧められて飲んでみたちころ、これまた美味しかった。一度だけ親に隠れてビール缶を一口飲んだら、とてつもなく不味かった覚えがある。しかし、ここのお酒は決して甘かったりすごく美味しかったりするわけでもないが、口に含んだ瞬間にシュワリ感が広がり鼻に抜けていく感じがなんとも言えなかった。なお、これを「サティス」言うらしい。


今はフロントに向けて歩いている最中。早速今日から始めないと、明後日あたりに野宿確定になるので、朝一番に向かう。

「あの宿気に気に入ってはいるんだが、ここまで来るのに結構疲れんだよなぁ」

「それはあんたの運動不足のせいじゃない。ここまで来るのに10分もかかってないわよ?」

「声だけが取り柄のやつに言われても説得力が皆無だわ」

「…あっそうだ、潤が仕事してる間にアルトと話してたんだけど、私みたいな生まれつき能力を持った人用に、その能力を解除できるポーションがあるんだって」

いや俺が近くにいなくても他人と話せるのかよ。人にだけこんな苦労させといて、自分は仲間との共有を深めるとかお気楽なもんだ。

「…お前見えないんだからあんまりうろちょろされても探せないからな。んでそのポーションを俺にどうしろと」

「空気の読めない人ねぇ。買って欲しいに決まってるじゃない。このままずっと見えないままでいいわけなじゃない」

「俺的にはそのままで大歓迎なんだけどな。まぁ余裕が出てきたら買うのも考えるけど、そのかわり俺とは離れろよ」

「何言ってるの?ここはあくまでもD.VRが生み出した世界。私はそのプログラムで動いてるんだから、姿を表した以上1人の人間って扱いになるわよ?そんな18にも満たない少女を野に放すの?え、バカの?実は潤ってIQ-3ぐらいなんじゃないの?」

「よし今すぐそのポーション買ってきてお前の目の前で割ってやる」

…そうか、よくよく考えたらここはD.VRの仮想世界だ。飲む、食べる、寝る、感じる、話す…。全てが現実との感覚と殆どほとん変わりなく、すっかり頭から抜けていた。よくある、現実世界で死んで異世界に来るのとは話が違う。…もしここで俺が死んだらどうなるのだろうか。死なんて当たり前のこの世界、それこそ剣士なるものは、狙われる的として最も死ぬリスクが高い。今はまだ現実世界に戻れる望みはあるだろうが、死んで手のつけようがなくなってしまったら元も子もない。…しばらくはそっとしておくしかないのか‥.。


「よし、着いたか」

フロントは朝の積み込みや商業人の出入りが、多く行き交っていた。

「いらっしゃいませー!…自粛じしゅ、、、じゃなかったお疲れ様です!」

「お前今言いかけただろ。何気に傷ついてるんだからな。…あとちょっと思ったんだけどドアマンって普通外にいて、ドアを開けるのが役割なんじゃないか?毎回俺が開けてる気がするんだが」

「しぃいいい!声が大きい!バレたらどうするの!」

「意図的だったのかよ!よく今までやり過ごせたな!」

「…ほら、さっさと行った行った!」

ドアマンという限定的な職業。真っ当しているとはちっとも見えないが、嫌な顔せず来客者を向かい入れているのはこちらから見てても感じられる。探偵という道を選ぶ以上、少しくらいやる気を見せにいったほうが、やっていても案外楽しいのかもしれない。

「ちわーっす。転職の手続きしにきま」

「グッグゥゥゥ…、スカァァァアアーーー...」

「…。」

…一部の人を除いて。




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足しても引いても1になる異世界式 松七五三 @matusime

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