最終話 おっさんと勇者たちのその後
魔王討伐後、王国へ戻った勇者たちは元の世界へ戻れる方法を探すため再び散り散りとなって世界を旅して回った。
その間、優志は彼らを回復スキルでサポートしていった。
基本的には店にいるが、ベルギウスやゼイロの依頼を受けて旅に同行する時もあったりしてそれなりに多忙な毎日を送る。
それから一年後にようやく元の世界へ戻れる魔法陣の確立に成功。
勇者たちはそれぞれ本来の故郷へと戻って行った。
――宮原優志に見送られて。
それから八年後。
「はあ、はあ、はあ――」
高砂美弦は駆けていた。
年齢は二十代前半となり、異世界にいた頃にはしていなかったメイクもバッチリきめ、服装も流行を捉えつつ出費を控えたコーディネートにまとめている。かつては召喚術士として魔王と戦う勇者だった彼女も、今では立派なOLだ。
そんな彼女が全力疾走しているのは遅刻をしそうだから。
吐く息も荒く走り続けているうちに、目的地であるラーメン屋が見えてきた。
すでに店内の灯りは消えているが、店の前には六人の若い男女が美弦を待ち構えていた。
「遅いぞ、高砂」
「ごめんなさい……はあ……直前になってちょっとトラブルが……」
「もし間に合いそうにないなら、明日改めてくればよかったのに。おまえひとりでも転移魔法は使えるだろ?」
「そうだけど……やっぱりみんなと行きたいじゃない?」
美弦の言葉に、全員が「それはそうだけど」といった感じで顔を見合わせた。
集まっているのは異世界で美弦と同じく勇者として召喚された若者たちだ。
それぞれ日本に戻り、新たな生活を初めているが、転移魔法がこちらの世界でも使えることが分かると、年に数回休みを合わせて異世界に「慰安旅行」をするのがお決まりになっていたのだ。
ちなみに、勇者上谷は父親のラーメン屋を継ぎ、異世界転移をする場所として閉店後の店を提供している。夢はその異世界でラーメンを広めることらしい。
美弦を除けば唯一の女性勇者だった安積はギャルを卒業して今は保育士をしている。
勇者武内は都内で銀行員として働き、今秋に結婚をする予定だとか。
勇者三上は美容師の職に就き、将来は自分の店を持つために修行中。
勇者橘は自動車整備工場で働き、大好きな車と毎日関われることに満足しながら働いているという。
――ちなみに、勇者真田と魔王シンの行方は未だに不明のままだ。
しかし、ある冒険者の話では、遠く離れた別大陸で同名の冒険者がいたとのこと。戦いに敗れた彼らは彼らで、生きていく道を模索している最中なのだろう。
「これで全員集まったな! さ、入ってくれ」
店主の上谷がそう言って五人を店内へと案内する。
電気もついていない真っ暗な店――だが、五人が入店したと同時に床から淡い光の粒子が立ち昇ってきた。
「もう魔法陣を完成させていたのか」
「気が早いわね」
「しょうがねぇだろ。楽しみだったんだから」
「分かるよ。私もずっと楽しみにしていたもの」
武内と安積からツッコミを入れられて取り繕う上谷だが、美弦はそんな上谷の意見に賛成の意思を示した。
それから六人は意識を集中し、詠唱を始める。
この世界に戻っても、六人には魔力が残っており、それを魔法陣へ流して効果を発動させるのだ。
こうして、大人になった六人の勇者は眩い光に包まれた。
◇◇◇
――時間は少し遡って朝。
「ぐぅ~……」
宮原優志は爆睡していた。
昨夜は三ヶ月ほど前にようやく完成した露天風呂の清掃と排水周りのチェックに思いのほか時間を費やしてしまったため、ベッドへ入ったのはほとんど明け方であった。
なので、まだ夢の世界へ旅立って間もないのだが、それを許さない存在がこっそりと優志の部屋に侵入していた。
「たあ~!!」
「ぐふっ!?」
突如腹部を襲う衝撃。
慌てて飛び起きて、その正体を知った時、優志は思わず苦笑いをした。
「相変わらずイタズラっ子だな――ユーイ」
「パパがいつまでも寝ているからだよ!」
「パパはまだ寝始めたばかりなんだけど?」
「え? そうなの?」
キョトンとしている愛娘のユーイの頭を撫でる優志。
父譲りの黒髪に、母譲りの青い瞳。
いつ見ても可愛い自慢の娘だ。
そこへ、バタバタと慌てたような足音が近づいてくる。
優志は直感した――母親の登場だと。
「ユーイ! パパは疲れて寝ているからお部屋に入っちゃダメって言ったでしょ!」
「あ、そうだった!」
娘ユーイは母親との約束を思い出して焦った顔をする。
「ごめんなさい、パパ」
「いいよ、ユーイ。ちゃんと謝れてえらいぞ」
我ながら甘々だと思いながらも、シュンとする娘を前に強く怒れない優志であった。そんな様子を微笑ましく眺めているのがユーイの母であり優志の妻――リウィルである。
「さて、それじゃあ起きるか」
「まだ寝ていてもいいですよ?」
「いや、今日は美弦ちゃんたちが来る日だろ? いつも以上に忙しくなりそうだからな」
軽く伸びをしてから、優志は部屋を出た。
すると、まず目に飛び込んできたのはコーヒー牛乳を売りさばくロザリアだった。
「やあ、ロザリア。おはよう」
「おはようございます」
廃村で出会った頃は無口だった彼女も、今では普通の女の子と変わらないくらいの振る舞いができるようになった。さらにそこへやってきたのは、
「おはようございます、ユージさん」
「おはよう、ライアン」
かつて、優志の店で働いていた画家見習いのライアンだ。
世界を旅しながら絵の修行を積んでいた彼も今や王国専属の画家として忙しい日々を送っており、疲れた時やアイディアに詰まった時はこうして優志の店を訪れて癒されているのだという。今回については、それにプラスして美弦たちがやってくるということで優志の店に宿泊していた。
ロザリアとライアンに挨拶を交わしてから、眠気を飛ばそうと洗面台に向かいそこで顔を洗う。それからロビーへと移動すると、ダズやエミリーたち冒険者たちと遭遇し、ここでも挨拶を交わしてからテーブルに腰を下ろす。すると、赤ん坊が寝ているゆりかごを優しく揺らしている人物と目が合った。
「なんだ、もう起きたのか?」
「ええ。ユーイに叩き起こされまして」
「ははは、まるで小さな頃のリウィルだな」
そう笑ったのは優志にとって義理の父になるニックであった。ニックはゆりかごで寝ている赤ん坊の顔を覗き込んでから感慨深げに呟く。
「俺ももうふたりの孫のおじいちゃんか……どうりで年を取るわけだ」
「まだ十分若いですよ、ニックさん」
「だといいが……おまえはどう思う、ウィリアム」
まだ生後五ヶ月の赤ちゃんに尋ねるニック。
年齢については気にしているところがあるらしい。
今日も賑やかな優志の店をさらに賑やかとさせる団体客がやってきた。
「優志さん!」
「お、無事に到着したようだ、美弦ちゃん」
美弦を先頭にぞろぞろと入店する元勇者たち。
定期的にやってくる常連客の彼らは早速各々で優志の店の売りである「癒し」を堪能する。
温泉、サウナ、足湯――いろいろあるが、彼らの目的は新しく完成した露天風呂だ。
「よっしゃ! 最低でも二十回は入るぜ!」
「あんまり入るとふやけるぞ?」
明るい笑いと穏やかな時間が流れる店内。
突如異世界へと召喚され、癒しの力を手に入れた男――宮原優志は今日もその力で人々を癒す。
この先もずっと変わらない。
愛する者たちのために。
それが、異世界に召喚された最強の癒しキャラである自分の役目なのだと優志は強く思うのだった。
異世界に召喚されたおっさん、実は最強の癒しキャラでした 鈴木竜一 @ddd777
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