第20話「真実へと続く道」

 明けて朝、イオタはリラックスした気持ちでハンドルをにぎっていた。

 隣のシートには、今日もリトナが一緒だ。お弁当の入ったバスケットをひざの上に載せて、彼女は上機嫌で鼻歌をハミングしている。

 たゆたう調べは、カーステレオから流れ出すルシファーの歌だった。

 まるでピクニックのような雰囲気で、イオタも無駄な力が抜けてゆくのが感じられる。

 そして、脳裏には先日のサバンナの言葉が思い出される。

 廃坑跡はいこうあとで一緒に走った夜、少しだけ話す機会があった。


『忘れちゃいないかい? 少年! 俺たち龍操者ドラグランナーにとって、一番大事なことはなんだ?』


 そう、忘れていた。

 見失っていたのだ。

 チャンプとのバトルを前に、イオタは萎縮いしゅくしていた。

 ただ勝つことを求め、勝つための強さを欲していた。

 それは、間違いだったと今は思っている。


『いいかぁ? 俺たち七聖輪セブンスもそう、そこらのギルドの龍操者も、道端で目ぇキラキラさせてるギャラリーも、みんな一緒なんだよ』


 大自然の織りなすワインディングロードを、緑に囲まれながら今、イオタは走る。

 決戦の場所へと向かっているのに、どこかなつかしい気がした。

 自分たちが住んでる場所が、元の時代から見て遠い未来の日本だと、つい最近知ったのだ。それでも、あの場所へは……禁忌都市キンキトシトゥ=キョへは、往復だけで日が暮れる。

 今朝も早起きして出発したが、もうすぐ太陽は復路へ傾こうとしていた。


『一番速くて強い奴、それは……。どんなタフなバトルでも、楽しめるハート! たけるソウル! いどむスピリッツ! そいつがありゃ、結果はあとから付いてくるさ』


 それだけ行って、サバンナは去っていった。

 イオタの心に巣食すくった、臆病という名の闇を持ち去ったのだ。

 だから、今日はこんなにも清々しい気持ちでCR-Zを走らせられる。

 それに、今日は里帰りだ。

 胸を張って、前だけ見て笑顔で走りたい。


「ん、なぁに? ねえ……ふふ、イオタ。いいこと、あった? 顔、ニヤけてる」


 隣を見れば、リトナも笑っていた。

 あんなに龍走騎ドラグーンを嫌がっていたのに、今ではCR-Zの助手席がお気に入りだ。

 そして、機嫌がいいのは二人だけではない。


「マスター、今日はとてもいいお顔をされてますわ」

「ありがとう、ルシファー。……でもね、正直まだブルってるんだ。楽しめって言われても、難しい。けど、楽しむもんだって思ったら、気は楽になったよ」

「ええ。サバンナさんの言う通りですわ。本当に強い人は、どんな逆境も楽しめる人。より速く走れる人は、あらゆる困難にも挑んでしまえる人」


 ルシファーの言う通りだ。

 相手は七聖輪でも最強の男、チャンプだ。

 最初から勝負にならず、勝とうと思うには自分はまだまだ半人前だ。だが、チャンスを得られたこと、そして共に走る栄誉を与えられたのだ。

 ただ、ベストを尽くす。

 そして、いい走りをして、楽しくゴールしたい。

 勿論もちろん勝ちたいし、すきあらば勝ちにいく。

 だが、これは勝たなければいけない戦いではない。魔王と勇者の、世界を賭けた決戦ではないのだ。勝者にも敗者にも、また日が昇って明日がくる。次のバトルが待ってるのだ。


「ねね、イオタ。なんか……心なしか、前のカレラさん、ピリピリしてない?」

「ん? そういえば。リトナ、わかるのかい?」

「最近、沢山の龍操者と龍走騎を見てきたから。なんか……ね」


 今日もカレラは一緒で、愛車のポルシェで前を走っている。

 相変わらず、七聖輪の一人とは思えない程に穏やかな走り方だ。対向車も途絶えて久しい道のりだが、決して無茶な飛ばし方はしない。ともすればスローペースとさえ思えるほどに、安全運転に徹している。

 だが、その震えるテールが奇妙な苛立いらだちを発してるように思えるのだ。

 そう確かに感じたが、その理由がわからない。

 そして、ポルシェが消えた峠の先を曲がって、イオタは言葉を失った。


「あっ……ああ、確かに。そうだよ、ここは……この街は」

「どしたの? イオタ、来たことあるの?」

「うん、大昔にね。そう来たことが……いた事がある。ここで俺は暮らしてたんだ」


 ――禁忌都市トゥ=キョ。

 忘却の彼方へ押しやられた、旧世紀の残滓ざんし。多くの冒険者がトレジャーハンティングに訪れるが、生還率は五割を切るという巨大なダンジョンだ。

 そしてそれは、間違いなく

 全てが廃墟と化しているし、半分は東京湾に水没している。

 それでも、外苑がいえんには村があるらしく、人々の営む家々が小さく身を寄せ合っていた。

 やはり、間違いない。

 ユーティス村を含め、この異世界とも言える遠未来は、日本だ。


「あれは……レインボーブリッジかな。あの当時の面影があちこちにある」

「イオタ? どしたの?」

「あ、いや……懐かしいなって。それより、少し急ごう。結構のんびり走ったから、遅刻しちゃまずい」


 気付けば、前を走るカレラに少し放され気味だ。

 だが、カレラの方でもそれに気付いたらしい。

 気遣うように速度をおとしてくれるのは、やはり普段の彼女と変わらない。だが、妙にピリピリした緊張感はまだ、密やかに感じられた。

 そうしていると、徐々に周囲が賑やかになってくる。

 行き交う馬車に、オート三輪の龍走騎なんかも見られた。

 そして、イオタたちはゲートを潜って人里へと辿り着く。


「あれ……なんか、随分賑やかなんだなあ。どうしたんだろう」


 CR-Zを停車させて降りれば、妙に周囲が活気づいている。

 屋台や出店が並び、老若男女を問わず村中が華やいでいた。

 そう、文字通りお祭り騒ぎだ。

 不思議そうにリトナと顔を見合わせていると、前に止まったポルシェからカレラが降りてくる。相変わらずの薄着で、今日は一層トランジスタグラマーなスタイルが際立って見えた。

 彼女も周囲を見渡し。フフンと鼻を鳴らす。


「さ、ちょっと遅いけどお昼にしましょ。……結構集まったわね。ディリータの奴め」

「あっ、ディリータさん。そう言えば、仕切しきるって……まさか!」

「そうよ、イオタ。そのまさか……私たちのバトルに来たギャラリーでこの騒ぎよ」

「す、凄いな……流石さすがはチャンプ。って、ん? 今、私たちって」


 あっさりと悪びれず、カレラは白状した。

 そして、彼女が張り詰めた気迫を秘めていた意味を知る。

 そう、あれは怯えというよりは武者震い……ひりつく空気の元凶は、彼女の抑え切れない闘争心だったのだ。七聖輪ともいえども、ただの一人の龍操者であることに変わりはない。

 バトルの前はナーバスになるし、気持ちが静かに燃えるのだ。


「私はディリータに挑戦されたから、受けた……もっとも、イオタ? キミのバトルがメインイベントで、私は前座。もっとも、負ける気はないけど」


 強気で勝ち気な笑みを浮かべて、フンとカレラが笑う。

 獰猛どうもうなのに美しい、野生の肉食獣のような笑みだ。ちょっと、イオタの知ってるハイエルフのイメージとは違う。全然違うが、嫌いじゃない。

 そうか、と周囲を見渡す。

 自分とチャンプのバトルを見るために、こんな大勢の人間が集まった……それは、とても感慨かんがい深いことだった。


 周囲をしげしげと眺めていると、背後から突然声をかけられた。


「よぉ、待ってたぜ。逃げずに来たことはめてやる」

「やっほー? 無事に到着したね。待ちくたびれたよー!」


 そこには、チャンプとディリータの姿があった。

 今日もチャンプは、パーカーを着て目深くフードを被っている。だが、その闇の奥には、真っ赤な双眸そうぼうが燃えていた。

 体格がよく長身で、しかし酷くせている。

 対して、今日もディリータは可憐な女装姿だった。

 チャンプは意外にも、イオタに歩み寄ると……右手を差し出してきた。

 手袋をはいたままだが、握手を求められたのだ。


「あ、ども……」

「おう」


 握手に応じて、互いに手を握り合う。

 それだけでもう、イオタはぶるりと震え上がってしまった。こうして握手するだけで、達人は相手の力量を察することができるという。昔、なにかの本で読んだ話だ。実際、チャンプにはその貫禄かんろくがあった。

 だとしたら、自分もチャンプの強さがわかるから、結構いい線いってるのでは?

 そう馬鹿な楽観を考える程度には、イオタも気後れはしていない。


「感謝してんぜ……最高のバトルになりそうだからよ」

「俺もですよ、チャンプ」

「バトル開始は日没と同時だ。この先の、旧世紀の大都市……禁忌年トゥ=キョで走る。先にディリータがうるせえから、そっちのカレラとのバトルが先だ」

「は、はい」

「俺は何度も走ってっからな。夕暮れまでに一回りしてこいよ」


 フェアな話だと思ったし、それが余裕とも取れた。

 やはりチャンプは、全ての龍操者の頂点に君臨する男だけはある。

 だから、イオタも気持ちには気持ちで応える。


「俺、昔ここに住んでたんですよ。東京に。だから、道とかは大丈夫だと思います」

「あ? なんだそりゃ……悪いこたぁ言わねえ。少し走って道を覚えろ。道順だけじゃねえ、路面だって荒れてるし、ダンジョンじゃなにが起こるかわからねえからな」

「そう、ですよね。確かに……俺が住んでた頃は、モンスターなんて出なかったし」


 フリー走行の時間をくれたチャンプの自信は、本物だ。

 同時に、少し走れと言われてイオタには行きたい場所が思い出された。それで、車中でリトナのお弁当を食べることにして、再び彼はCR-Zへと乗り込むのだった。

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ダンジョンチェイサーズ! ながやん @nagamono

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