#2

 始業式はイマイチ効いているのかいないのか分からない、微風を送り続ける『家庭用』の扇風機が10台ほど端に生徒たちを囲むように配置された、温室のような環境で行われた。


 先生達の話は長くはない。長くはないが、彼らは長くないことを恩着せがましく主張することを忘れないので結局イラっとする。そんな退屈な話をいくつか聞かされた始業式の最後にありがちといえばありがち、でもイレギュラーといえばイレギュラーなことが起きた。


「最後に転入生を紹介します。」

「長野から来ました。佐藤奏です。3年生です。」

「卒業まで半年だけれど仲良くしましょうね。」


 転入生というのはなぜ全校の前で自己紹介させられてしまうのだろう。名前とクラスだけアナウンスすれば良いのではないか。慣れない環境の中で好奇の目に晒されるのは可哀想だ。まぁ遠いので腰まで届きそうな黒髪を耳より低い位置で2つに分けて結び、明るい色の眼鏡をかけているというくらいしか分からないのだが。

 それにしても中学3年生のこの時期に転入というのも珍しい。無理してでも向こうで卒業して、こちらの高校を受けたりしないものなのだろうか。


「はい、では3年生は体育館に残って学年集会をします。」

 ああ、まだこの苦行が続くのか。受験の話なんて耳にタコができるほど聞いたしもう帰りたい。


 *


「うちのクラスに転入してきた佐藤奏さんです。最後の文化祭に体育祭、スポーツ大会!思い出を作るチャンスは一杯あるよ。新しい仲間が増えて良かったね、みんな。」

「佐藤です。短い間になってしまいますが、よろしくお願いします。」

 うちのクラスに転入してきたのか。俺の元カノ達とは別系統な、清楚な感じの美人で何となくラッキーだ。見た目通り結構真面目そうな雰囲気だな。


「それじゃ、みんな佐藤さんに色々教えてあげてね。特に如月。」

「何で名指しで、よりによって俺なんですか。そういうのは学級委員の仕事では。」

思わず抗議の声を上げる。

「生徒会でしょ。」

「しっかり引退してますし、生徒会は別に便利な雑用係じゃありません!」

「如月のなんだかんだ言って面倒見良いとこ、私は好きだぞ。」


 さらっと流された。望月に刺されないだろうか。僕ではなく、佐藤さんが。でも望月は歴代元カノのように過激派では無さそうだし、そもそも付き合ってはいないのだから大丈夫か。大体些細なやりとりを望月は知る術もないし。


「よう、親友を売り渡そうとした薄情な蒼くん。」


 あ、こいつが居た。望月瑠衣は望月優衣と『仲の良い』双子の弟だ。

「別に売り渡そうとはしてないし。」

「学級委員って俺なんだけど。」

「女子もいるだろ。」

「中1の冬から彼女を切らさない、女たらしの蒼くんが女の子を盾にするわけないだろ。」

「本人の主張を聞いてくれ。あと今日一緒に帰りたい。」

「えっ、守備範囲広いな。俺にそんな趣味はないから遠慮しろ。姉貴もお前に相変わらず熱を上げているしよう。羨ましいぜこの野郎。」

「そういう意味で言ってねえよ。望月の相変わらずっていつからなんだよ、本当。」

「ムカつくから教えてやらない。それと、俺だって望月さんなんだけど。双子だからと言って姉貴とセットにしないでくれ。俺だってそこそこイケてる気がするんだけどな。姉貴にとって俺は灯台下暗しなんだろうか。あ、佐藤さんが来たぞ。」


「きさらぎくん。で良いんだよね。改めまして佐藤です。資料室を教えて欲しいのだけれど。教科書がそこに届いてるみたいで取りに行きたいの。」

「分かった、一緒に行こう。重いだろうし一緒に持つよ。」

「俺ここで待ってるよ。」

「悪いな。」

「いいってことよ。」


 *


「思ったより少ないな。」

「そうだね。英語と国語の教科書だけみたい。ほとんど授業は終わっちゃってワークをしてるらしいけどワークは先生がコピーしてくれるって。」

「そうなんだ。」


 会話が途切れる。こういう時どう会話を繋げて行ったら良いのだろう。今まで女の子と話すとき、女の子は基本的に自分のことをずっと話し続けていたから適当に相槌を打てばそれで良かった。大人しい女の子と話したことがないから、こういう時の会話の繋げ方がまるで分からない。


「如月くん、今日の夕方家にいる?具体的には4時くらい。」

「え、いると思うよ。何で?」

「ちょっと確認しただけ。気にしないで。」

「え、凄く引っかかるんだけど。」

「ごめんね。」


 また会話が途切れる。今の会話本当に何だったんだろう。初対面の相手にどう探りを入れていいかも分からず、どうしようもない。その後は無言で歩いた。資料室は別棟の最上階にあって本館1階の教室までそもそも遠いのだが、教室までの道のりがいつもの倍くらいに感じた。

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