外道の魔術

柚野 詩子

Prologue

#1

 最近誰かに見られている気がする。


 別に僕が俗に言う中二病と呼ばれる、自意識過剰な妄想を繰り広げがちな時期の真っ只中だとか、近所の監視カメラの位置を知り尽くしているだとか、最近別れた彼女との別れが少し不味かったとか、そういうことに関して言っているわけではない。

 むしろ年がら年中僕は誰かに見られているような気が何となくしている。そうでなければ校則で禁止されているのにワックスをつけて学校に通ってみたりだとか、護身に役立つと思っただなんて理由で剣道部に入ってみたりだとかするわけが無い。


 オカルト的な、常に誰かと面と向かって目を合わせているような緊張感を感じるのだ。この感覚の始まりはいつなのか正確には思い出せない。ただここ1週間はずっと誰かに見られている気がするのだ。

 普段から変な妄想ばかり、繰り広げているなと我ながら思うけれど緊張して夜も寝つきが悪い。ただでさえ災害レベルの夏の暑さだとか言われているご時世でも健康より電気代を下げることにご執心の母親が、熱帯夜でも部屋が冷えたらエアコンはタイマーにして寝るというルールを作り大変だというのに、安眠を妨げられる要素が増えるのは非常に困る。


 中学三年生は高校受験の勉強をしなくてはならないからと公立の中学校なのに夏期講習があり、午前中だけとはいえ夏休みの最後の1週間は学校に通った。公立の中学で生徒のやる気も足並み揃わない中、夏期講習をさせられて先生も気の毒だ。

 ちっとも新学期感のない新学期を明日から迎えようとしているのだが、明日瑠衣に相談でもしてみるか。あいつ、オカルト好きだし。収穫はなさそうだが、とにかく気が紛れそうだ。そう思い、動画投稿サイトをタブレットで表示して布団に丸まった。


 流し見するのに手頃なこの手のサイトは本当に便利だ。配信者は似たり寄ったりの内容を面白おかしく配信しているけれど、テレビ番組と違ってそこには配信者本人の意向が直に反映されるというのが良い。最近は動画投稿者を目指す子供が増えていたりするらしいけれど、食べていく仕事としては潰しが効かないと中3の僕にでも分かるから夢を見るのは難しい。


 *


そう!もう、8時よ!私は仕事行っちゃうからね!」


 思いっきり時間をサバ読み、危機感で一気に覚醒させよう、という作戦で母親が階下から声をかけてくる。


 母親が家にいる時点で遅刻って時間なことはあり得ないのだが、今日もまた寝過ごした。考え過ぎて眠れない夜を過ごした後の朝と、ブルーライトのせいで眠れない夜を過ごした後の朝はどちらが良い目覚めなのだろう。


「蒼!優衣ゆいちゃんが迎えに来たわよ!」

「あと10分で家出ようね。体力づくりのために朝練は受験まで参加しようね。」

「おはよう!起きた!」


 慌ててそう叫んで身支度をする。何故引退したはずの部活の朝練に参加するのか。そういう伝統だからと言って仕舞えば多分それまでなのだけれど面倒だ。早速サボると見られたのか元部長様が直々に迎えに来るとは参った。諦めて参加しよう。元部長様が迎えに来たのには別の理由もありそうだが。


「ネクタイ曲がってる。」

「あら、新婚さんみたいな鉄板ネタで良いわね。うちの蒼なんかじゃ優衣ちゃんには物足りないでしょうけどお嫁に来てくれないかしら。」

「朝練に引っ張りに来ただけのに望月に迷惑なネタを振らないで、母さん。仕事遅刻しても知らないからな。」

「私は本当に優衣ちゃんみたいな子がお嫁さんなら嬉しいから言っているのに。まあ、いいわ。お化粧しに行くわ。」

「お義母さん、行ってきます。」

「行ってくる。」


 都合の悪い話題から逃げるように家を出る。

「私は如月きさらぎ家好きだよ?」

「望月の気持ちが純粋な好意というのがとても怖い。」

「何でよ。如月が前の彼女と別れた原因が私が如月と稽古することが他の部員より少し多かったからという理由で、よく分からないけれど私が原因みたいだから責任感じないでもないよ。だから開き直って自分の気持ちに素直になってみただけよ。」

「元カノ俺のカバン漁って対戦表見つけて、数合わせの男女組が俺と望月って組み合わせが、数えたら他よりも多いと気付いたんだよ。」

「結構細かいのね。バレないと思って組んでいたのに。」

「少なくとも俺にはバレていなかったぞ。今までメンヘラだとかヤンデレだとか言われるジャンルが手頃で自分を見て欲しい承認欲求から、素材はどうであれ見てくれは可愛いからと彼女に選んできた俺も悪いけれど。」

「如月って中学生なのに中身はチャラいよね。学校じゃそんな風に見せないけど。」

「わざわざ遠い塾に行かされて疲れてんだよ。息抜きだよ。」

「とてもクズっぽい発想だって自覚ある?」

「幻滅してくれないかなと思って、若干話盛ったのバレたか?」

「バレバレ。でも、残念。好き。」

「直球過ぎて本当に扱いに困るのだけど。何でそんなに俺のこと好きなんだよ。」

「なーいしょ。」


 朝から精神的に疲れる話をしているうちに学校に到着。朝練は素振りと学校の外周のランニングがあるのだが、人数が多いため他の部活の邪魔にならないように男女で毎日交互に素振りとランニングに分かれている。


「じゃ、私は今日ランニングだから。ちゃっちゃと着替えてランニングして教室行くわ。良い返事期待しているよ。始業式終わったら迎えに行っていい?」

「はいはい。まずはお友達から、と言おうにも幼馴染で確実に外堀を埋めてくるタイプに真面目に困惑してるから。今日は瑠衣と帰りたいから悪いけど明日の朝一緒に来ることで手を打ってくれないか?」

「仕方ないなぁ。また明日ね。クラスが違うのが悔やまれる。」


 ようやく解放された。朝練前から疲労を感じるも、ランニングではなく素振りの幸運に感謝して朝練に向かった。

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