6
翌日、私は納沙布岬に来た。
ここ――北海道、根室――はすごく良い場所だと思った。ノリリスクに行けなくてもここで死んでも良いと思った。あの子ととの思い出も語りつくした。もう思い残すことはないんじゃないかな。私は自分でもよく頑張ったと思う。もう疲れたから休んでもいいかな。あの子には会えないけど、あの子も許してくれるでしょう。
なんだか清々しい気分だ。北海道はなんて良いところなんだろう。あの子と来たかったな。今は全ての人に感謝しかない。両親、友達、別れたダンナ、高野さん、佳代子さん、そして最愛のあの子。
この気分のまま人生が終わるのならハッピーエンドといえるのでしょう。たとえ行き先が地獄でも。
死ぬ瞬間ってどんな感じなのだろう。やっぱり痛いのかな。そう考えると怖くなる。
だれか私を殺してくれないかな。そうだ。あの運転手さんはどんな気持ちなのだろう。事故で不可抗力で何も悪くないと思うけど、幼い子どもを殺したというのはとても辛いこと思う。あの運転手さんとお話ししたいな。あの運転手さんを苦しめたことの許しを請いたい。
やっぱり死ぬのはやめようかな。でも死ぬなら気分が高揚した今しかないと思う。――嘘だ――本当は死にたくない。死ぬのは怖い。逃げ出したい。どこへ?死ぬのを止めてどこへ行く?何のために生きていく?
崖の下を見てみる。波が荒立っている。岩が突き出ている。あの岩に頭をぶつけたら死ぬのだろう。しかし、確実には死ねないかもしれない。苦しむのは嫌だ。確実に死ねる方法を考えないといけない。だから、一旦出直そうか。
そんなことを考えているのは本当は死にたくないからだ。機械の私が嘲笑っているようだ。結局自分がかわいいのだ。これは自己憐憫だ。
死ぬならノリリスクだ――機械の私が囁く。
佳代子さんが話した話。本当なのだろうか。銃で撃たれて死んだら即死なのかな。誰か私を殺してほしい。
機械の私なら私を殺せるはずだった。しかし、私は機械としても欠陥品。自分を終わらせることもできない。
こんなことをうだうだ考えているのも死にたくないからだ。何とか死を避ける方法を模索している。
あの子はどう望んでいるのだろう。教えてほしい。私はどうすれば良いかを。
私はその場でへたり込んだ。そして笑いが込み上げてきた。それから悲しくなって涙が零れ落ちた。
「しんじゃうの」
後ろから声がした。
振り向くと少年が立っていた。何時からいたのだろう。
「僕のママはそこに身を投げ出して死んだんだ」
少年は私の後ろに広がる海を見て言った。
「おばさんも死なないで」
おばさん――少年のその言葉に少し苦笑した。そして高野さんを思い出した。そうだ。高野さんに北海道は最高でしたと伝えなくちゃ。こんなところで死ねない。
「おばさんにはね。とてもかわいい子どもがいたの。でもね、その子はお星さまになったの。だから私もお星さまになって会いに行こうと思ってるの」
私は心にもないことを笑いながら言った。
少年の顔が強張った。
「わらってるの。おねがいだからしなないで。おばさんの子もしんだらぜったいかなしむよ。だからしなないで」
少年は涙を浮かべて懇願した。
自分のために泣いてくれる。自分が情けなくなった。生きなければいけないのだ。ノリリスクに行くなんて妄想は捨てよう。仕事を再開しよう。レジ打ちを極めても良いかもしれない。北海道で仕事を探しても良いかもしれない。
少年は不思議そうに私を見ている。
「生きるよ。ありがとう」
心の中でそう呟き、私は少年を強く抱き締めた。
了
あとがき
読んでいただいてありがとうございました。
小説を読むのは大好きですが、書くのは初めてです。
私は一児の子を持つ親です。今一番怖いことは子どもを失うことです。もし子どもを失ったとき、どういう心情になるのだろうと想像して書いてみました。思い付きで勢い任せに書いた部分もあります。主人公の名前はあえて付けていません。私は名前はすごく大事と思っています。だけど、この主人公にしっくりくる名前が見つかりませんでした。
登場する地名は実名ですが訪れたこともなく私の想像で書きました。実際と違っていると思いますので、そのことについてはお詫び申し上げます。北海道は憧れの地です。根室はいつか訪れたいと思っています。
ダイ・イン・ノリリスク 有裏 @ariariari
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