2.『か、関係ないでしょ。胸は!』
「よし、じゃあ素振り100回したら朝練終わり! はい、始め!」
岩永先生の号令と共に姿勢を正して両腕を上げると、隣のいつきが小さく溜息をついてみせた。
「もー、腕パンパンなんだけど。授業でシャーペンも持てないよぉ……」
「愚痴ってないで早くやらないと。
「はいはい、わかってるって。もーなんでこんな部活選んじゃったかなーもー」
そういいながもいつきは勢いよく竹刀を振っていく。この4ヶ月の厳しい朝連のおかげで少なくともバテることはなくなった。
いつきの細腕がしなやかに竹刀を槍のように伸ばしていく。汗を帯びた剣は朝焼けを弾き空を切る音が武道場に響き渡っていく。
「あー、甘いもの食べたい。自販機のジュース、直接飲み干したいよぉ。せめてチロルチョコだけでも……」
「そこ、私語しないっ! 余裕があるなら素振りマシマシにしちゃうけど?」
「すいませんっ! 余裕ないですっ!」
「嘘つけ。
岩永先生が竹刀を背に当てながら近づいてくる。私よりも背の高い彼女が近づいてくるだけで自然と体が震える。
「他の部員は自分のことしか考えてないのに、庇う余裕があるじゃないか。さすが全国区の選手は違うな」
「いけません! 無理です!」
「よし、わかった! じゃあ20回だけで許してやるよ」
「え?」
「ん? なんか文句ある?」
……え、何で私だけ?
無言でいつきに目をやると、彼女は何事もなかったようにスピードを上げていった。このまま終わらせて退散するつもりだ。
「よし、終わった者は早く着替えて教室に行け! 遅れるなよ、特に大字。返事は?」
岩永先生はきつい口調でいいながらも顔の表情は緩い。ここで愚痴をいっても回数を増やされるだけだ。
「……はい」
「ん、素直でよろしい」
◆◆◆◆◆◆
「ごめんって、
そういっていつきは私の口にチロルチョコを優しくねじ込んでくる。謝罪する態度ではないが、不足した糖分が苛立ちを抑えていく。
「ん。ま、いいよ。その代わり、午後の数学の課題写させて貰うから」
「ありがと、大緒。そういう餌付けに弱い所、本当に好き」
いつきを見ながらその延長上にいる人物を眺める。
小泉小百合、小学校からの幼馴染なのだが、高校に入ってからはほとんど話せていない。
中学までは同じ剣道部だったのに。
「ナチュラルにディスるの止めてくれない? 私はあんたの犬じゃないの」
「へへ、うちのミントちゃんと似てるから、つい。似てないのはこの巨乳くらい。えい、えい」
そういっていつきはわたしの胸を制服越しに掴んでくる。
「似てないし。てか近いから、汗ばむから、やめて」
「本当、大緒はずるいぞ。こんなに育って、柔らかくて、男がほっとかないでしょ」
「か、関係ないでしょ。胸は!」
教室の緩い喧騒の中、小百合は何事もないようにスマホを眺めている。まるで私がここにいないように、見えない壁に覆われているみたいだ。
「あるある。また告られたんでしょ? 知ってるんだから」
「でも恋愛する気ないから、私」
「何武士みたいなこといってんのよ。今、青春しなくてどうすんの」
「部活だけで満足してるし、いいの」
「はーこれだから大緒は。今時ストイックなんて流行らないよ? ちょっと手貸して」
「ん?」
「占ってあげる。って臭! 小手の匂い、まだ消えてないよ」
「ちょ、何いってんの!?」
急激に体温が上がっていくが、既視感を覚える。中学の時も同じようなやり取りをしていたことを思い出す。
忘れもしない、小百合とのことだ。
「ってあたしもだ。ははっ。こりゃ駄目だわ、男なんて寄って来るわけない」
そういっていつきは笑いながら自分の両手の匂いを嗅ぐ。
「はいはい、もういいから席について」
「えー?」
「いいから。先生来るよ?」
「じゃあ頭撫でてくれたらいってもいいよ?」
「この手で……いいの?」
「ごめん、やっぱいらない。臭いから、ひひっ、いらないって!」
いつきを見送りながら改めて小百合を見る。
……小百合と仲直りしたいな。
一学期も終わるというのに、彼女とまともに話したのは一度だけ。
……やっぱり何かやらかしたのかな?
小百合にテレパシーを送って見るが、何も反応がない。昔ならただ目を合わせるだけで笑いあっていたのに。
……小百合。
私達、もう元通りには戻れないの?
振れば芍薬、投げれば牡丹、放つ姿は百合の花園 くさなぎ そうし @kusanagi104
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