物語は、深夜、アパート住まいの女子大生が近所の酒乱騒ぎに耐えかね、近所の扉へ鮮烈なキックを繰り出すことから、始まります。
扉は、叩けば内の何かが応じるもの。
ある種の義憤と悪意のこもった乱暴なノックをきっかけに、彼女の周囲では怪奇現象が起きます。あたかも彼女の悪意に報いるかのように、扉を叩く音が彼女につきまとうのです。
まさしく因果応報! というホラーの醍醐味の一つが味わえる上、オカルトに詳しい友人が彼女の力となり、佳境には事の真相が紐解かれます。
人は誰しも、心の内に悪意を抱きます。
けれども、あまりにありふれていて、何事も起きなければ、無いモノとしてしまうものです。
そして無いことが当たり前になっているという事実を、思い出させてくれるものがあるとしたら、それはある意味、まじないと言えるでしょう。つまりは祝福です。
そうは言っても、悪意そのものは呪詛には違いないのですから、試みなくてはいけません。
何かが潜むかもしれない扉を叩くのです。
それが怖いとお思いになるのでしたら、ちょっと無謀な彼女の物語を開いてみてはいかがでしょうか。
――では、蹴った先は、どこだ?
疲れと苛立ちから取った、ほんの少しだけ「いつも」から外れた行為。それが主人公を恐怖と非日常へいざなう。ホラーの基本なのだが、起きた事象の原因と経緯、そこに潜む因果と、「呪い」の本質が、作者独特の世界観と暗黒神話体系とで織りなされています。
例によっていあいあな神様の気配がちらっと匂うのもご愛嬌。分かる人だけ分かる感じで、ニヤリと出来ます。
タイトルの「狗神」はどこで出るのか? と思っていたら、それが分かった時の爽快感は素晴らしい。ミステリー・サスペンス的なロジカルさと、呪術の世界の理不尽さ、不条理さも同時に存在するのがこの作者お得意の業前を感じさせてくれますね。
しかし、夕野さん、何者かしら……?