ごく普通と自称する高校生たちのありふれた日常

神月

ごく普通の男子高校生兼専業主婦の黒田少年が、ただ買い物に行くだけの話


俺の名前は黒田 勇人。ごく普通の男子高校生兼専業主婦。

 俺の両親は共働きで、家にいることが少なかったから親戚の叔母さん達から料理や家のことを教わって育った為、家事に関してはかなり知識を持っている方だと思う。

 高校にはいる時、俺は寮のある学校を選んだ。それというのも自由になりたかったからだ。

 中学校、小学校共に家事に追われてロクに友達もできず遊びにも行けず、成績は中の下という低空飛行のオンパレード。

 もちろんながら三者面談は担任との二者面談のみという普通ではあり得ない状況になったりと、色々な不満が溜まりに溜まった結果だった。

 そして、待ちわびた高校生活&寮暮らし。一体、どんな楽しいことが待ち受けているのだろうと、俺は期待に胸を踊らされていた。……はずだった。




~・~



 トントンとリズミカルに包丁を振るいキャベツの千切りを作る。

 サッと水で流し、強めに振って水気を飛ばすとシンクに設置して置いた網掛けに掛けてしばらく放置する。

 その間、冷蔵庫からタマネギとジャガイモを取りだし…………。


「ああああっ!!」


 俺の叫びに、食堂から数人の男子が駆けつけてくれた。


「どうした、黒田!」


「一体何があった!!」


 俺は素早く冷蔵庫を閉めて、取り出した野菜を両手いっぱいに持ちながら振り返った。

 俺の悲痛な顔を見て、彼らは一斉に息を飲み込む。


「大変、なんだ。こんなことが起こるなんて……。人参が、人参が、人参がない!!」







~ 間 ~







「は?」


「人参がない料理なんてあり得ない。人参にはカロテンが豊富で1日のビタミンAの必要量が取れてしまう優れものなのに……。しかも、タマネギ、ジャガイモと合わせて家庭常用三大野菜と謳われているというのに、その人参を買い忘れるなんて・・・」


 ガクッと膝を付いて項垂れる俺の姿に彼らは顔を見合わせてから笑った。


「ま、まあ、たまには人参なしでもいいんじゃねえ?」


「そうそう、たまには野菜炒めにも人参くらいなくたって……」


「人参くらい、だと……」


 ギロリと二人を睨み付けた俺は、まな板の横に置いていたおたまを持って彼らに突き付けた。彼らはまるで長剣を突き付けられたかのように短い悲鳴を上げた。


「たかがとか言うな! そんなに人参を馬鹿にするのなら、自分たちで作って食べればいいだろう! 俺に飯を集るくらいなら自分で作って食え!! もちろん、俺がこの寮にいる限り、インスタントなんて邪道は認めん!!」



ピッシャアアアァァアァァン



 背後で落雷音が聞こえた気がする。

 そう、これが今の俺の現状。平日はどこにでもいる普通の高校生。だが、土日は寮の食堂が閉鎖される為、自給自足を余儀なくされる専業主婦に早変わり。

 もちろん、部屋の掃除とかは自分の部屋しかやらないが、入学当初に見た他の生徒のインスタント生活っぷりにキレた俺は、食べるヤツら食費を貰って土日の朝と夕飯を作ってやることにした。

 俺が出掛ける時は流石に作れないので、その時だけは、不本意だがインスタントを許可しているが基本は許さない。

 食費は食べる直前に、俺に渡すシステムになっている。因みに一食六百円。高いと言われても二時間かけて作っているのだ。値下げする気はない。


 俺はお気に入りのうさぎさんのアップリケの着いたエプロンを外し、赤い生地のがま口財布を持って台所を出る。



「お、おい」


「どこ行くんだよ」


「決まってるだろ。…………買い物だ」


 俺は人参を求めて買い物へ出掛ける事になった。




~・~




「え? 黒ちゃん、買い物に行くの? ボクも行くーー!」


「オレも、行きたい」


 俺が買い物に行くことを、どこで嗅ぎ付けたのか友人二人が玄関先で待っていた。


 一人は、林 悟朗。厳つい名前とは正反対の幼女のような容姿に、金髪ふわふわの髪。自分の容姿を最大限に利用する小悪魔系男子高校生を自称し、名前が可愛くないことが悩みの種だと言っている。ロウという渾名で呼ばないとめっちゃ怒る。

 良い処のお坊ちゃんで、金には困っていないが、家族や親戚等の人間関係が面倒臭くなり、高校は自分の生活が脅かされないように寮のある学校に行くと言ってここに来たらしい。

 性格は一言で言うなら、金銭感覚と思考回路がおかしい。



 二人目は、進藤 歩。根暗オタクのように肩まで伸ばした髪と眼鏡を掛けているがオタクではない。究極の面倒くさがり屋で、幼い頃は三つ上の兄に無理矢理、柔道、空手、相撲と、ありとあらゆるスポーツをやらされたため力と技術だけはある。

 その兄が地方の大学へ行ってしまい、再び怠惰な生活に戻ろうとしていた歩を家族は心配し、自立心を育む為に彼自身も寮のあるこの学校に入学させられたという。眼鏡を外して髪を上げると、かなりの美形なので俺的にはこのままでいて欲しい。

 性格は一言で言うなら、華奢な癖に筋肉ゴリラ。



―――という友人二人を供だって、俺は寮近くにあるスーパーモールへやってきた。




~・~




「うはぁ~~、一般庶民の買い物する場所ってはじめてだ~。ねえねえ、どうやって買うの? このカラカラ持っていっても良い?」


「いや、今日はカートはいらない。人参1つだし、すぐに済ませるよ」


「えぇ~~、ボク、色々見てみたい。ねえねえ、歩ちゃんもそう思うでしょ?」


「単三電池、買う」


「ああ、なるほど。だから一緒に行きたいって言ったんだな?」


コクリと頷く歩に、俺はフッと笑みを零した。普段から出不精の歩が珍しく自分から外に出たいなんて言うんだ。ここは歩の意見を尊重しないとな。


「じゃあ、先に電池を買いに行こうか。えっと、売り場は……」


キョロッと周りを見回した時、視界の隅で何故かエレベーターに乗り込むロウの姿があった。


「は? ロウ!?」


閉まりいくエレベーターの扉の向こうで、ロウは楽しげに「バイバーイ」と手を振っていた。


「バイバイじゃねええぇぇぇ!!」


 俺がツッコミを入れた瞬間、エレベーターは無慈悲にも閉じて上へ上がっていく。このスーパーは三階建て。そこまで広くはないからすぐに見つかるとは思うのだが…………。


「なんだろう、ロウを探しに行くととてつもなく面倒臭いことになりそうな予感がする」


「……勇人」


「歩」


「電池、欲しい」


 歩は通常運転だ。


「……買いに行くか」


 ロウは見捨てて。

 嬉しそうに笑みを浮かべる歩と共に、俺はまず単三電池を求めて日常商品エリアへと足を向けた。






~・~




ゴウンゴウンと部屋全体が動いている感じがする。


 普段、移動に使うエレベーターって面白い。


(黒ちゃんたちと一緒に来て良かったぁ。こんなのめったに乗れないもんね)


 そもそも買い物と言えば、家に店員を呼ぶのが普通で、こうやって自らの足を運んでの買い物は初めてだ。

 高校は家を出て本当に正解である。


「気兼ねなく一緒にいられる歩ちゃんと黒ちゃんの存在にも感謝だよね~~。何か二人にお礼がしたいなぁ」


 むふふと、想像するのは二人がロウのプレゼントに度肝を抜かれる姿だ。

 ……ロウの野望は半分だけ成功するのであった。




~・~




 乾電池を買うついでに、部屋の電球の替えを補充しておく。まだ大丈夫と思う時が一番危ないのだ。


「よし、じゃあ次に人参買うぞ~。あ、後、トイレットペーパーと歯磨き粉に牛乳も買っていくか」


 店内を見て歩いていると、不思議と寮で足りない物が思い浮かんでくる。先ほど、ロウにいらないと言ったカートを押しながら、必需品を籠の中に入れていった。


「!?」


「ん、どうした。歩」


「勇人、これ……」


 歩が手に取ったのはチョコレートのお菓子。オーストラリアの可愛い動物をモチーフにした老若男女に愛されるお菓子だ。


「……お母さん、コレ買って」


「必要ありません。夕飯前にお菓子なんてダメに決まってるだろ?」


「けど、コアラさん。寮に来たいって……」


「言ってない、言ってない。さあ、買い物の続きを」


 歩の言葉を適当に流して進もうとした瞬間、肩を掴まれた。


「…………買って、欲しいなぁ」


 掴まれた肩が段々痛み出し、まるで鉄骨に挟まれたような痛みに襲われる。もげるほど痛い。


「あだだだだだだだだだだだだだ、やめ、止めろ、歩ぃ。マジで痛いから!!」


「買って、欲しいなぁ」


「あだだだだだだだだ、分かった、買う、買うから離してぇ!!」


 言質をとって満足したのか、歩はあっさりと手を離す。俺はその場に崩れ落ち、こっそりと襟元から自分の肩を覗き見する。


「うわぁ~~、青痣になってる。流石は細身の筋肉ゴリラ、握力パネぇ」


 歩は無表情ながらも嬉しそうにチョコレート菓子を持っている。人畜無害そうな彼は、一歩間違えれば破壊兵器に成り得る存在だ。充分に用心しなければならない。


「後で、薬局店に寄って湿布も買わなきゃだな~~」


 何故だろう、どんどんと買う物が増えている気がする。

 一人で言った方が余計な物を買わずにすんだだろうかと、本気で悩んでしまった。




~・~




 野菜コーナーで無事に人参を手に入れた俺は、セルフレジで会計を済ませ、出入り口付近にある薬局店で湿布を買った。これで用事は全て済ませた。

 チョコレート菓子を買って貰った歩も満足気味だ。


「後は、ロウを探さなくちゃいけないんだけど、あいつどこ行った?」


「連絡手段、ない」


「そうなんだよなぁ。俺たち、今時の高校生らしからぬスマホ持ってないんだよなぁ」


 俺たち三人がスマホを持たない理由は至極簡単な理由だ。それは寮生活の為、お互いがどこにいるのか簡単に分かる上、他学校の友達がほぼほぼ皆無なせいだ。

 俺自身はずっと家のことばかりやっていたため、スマホが欲しいと思ったことがなかった。SNSやインターネットなど便利な機能がたくさんあると言われても、家事や勉強に日々を追われ、やる時間がなかったのでそこまで魅力を感じない。

 今も、スマホがない事に慣れているため不便は感じなかった。


 対するロウや歩も似たような理由だ。ロウの場合は家との繋がりを持ちたくないのと、仮にこっそりとスマホを所持しても、どうやるのかは不明だが必ずGPS機能や盗聴器を付けられてしまうらしい。ロウの家族は過保護の域を超えている。


 歩の場合は普通に“使わない”からだ。彼の中学時代の友好関係については不明だが、連絡手段以外の機能についても“使わない”から必要ないそうだ。


 学校の連中も、俺たち三人がスマホを持っていないことを知っている為、色々とフォローしてくれるので学校行事的にも不便はなかった。


(こうやって外に出る時に不便になるんだなぁ、はじめて知ったわ)


 どこへ行けば悩んでいると、突き飛ばされた。


「うおっ!?」


「どぉーーん! 黒ちゃん、歩ちゃん、見ぃ~~~っけ♪」


「ロウ、見つけた」


「ごめんねぇ~、ボクもはじめてのスーパーモールでテンション上がっちゃった」


「何となく、そうなんじゃないかって思ってたから気にしなくていい」


「歩ちゃんは本当に男前だね。……ところで、黒ちゃんはいつまで寝っ転がっているの?こんなところで寝っ転がってたら通行人の邪魔になっちゃうよ」


「誰のせいだ! 誰の! 急に突き飛ばすなよな」


「えぇ~、だって人生にはサプライズが必要でしょ?」


「こんな日常的場面でサプライズはいらん。誕生日とか記念日とかだけにしておけよ」


「じゃあ、今日はボクがはじめて一人で買い物しちゃいました記念! はい、これ二人にプレゼントだよ」


 スーパーのビニール袋から、綺麗に包装された箱を手渡された。


「これは……」


「ボクねぇ、いつも仲良くしてくれる二人に何かお礼がしたくって、良かったら貰って欲しいなぁ」


 殊勝なロウは珍しい。勝手にいなくなったと思っていたが、まさかこんなサプライズを用意してくれたなんて・・・。


「よく買い方分かったな」


 来た当初は、どう買うのか聞いていた癖に、目を離した数秒後に姿を消してしまったのでロウに説明する時間はなかったはずだ。


「店員さんに聞いて、カード払いしたんだよ。この使い方は知ってるからね!」


ロウは生徒手帳から青いカードを取り出した。どこにでもある普通のクレジットカードで、大金持ちの持つ黒いカードでないことに俺はホッと息を吐いていた。


(つまり、これは本当に本当の意味でのロウが選んだロウからのプレゼントなんだな)


 何だか、心が温かくなりジン……と、感動で手が震えてきた。


「ありがとう、ロウ。大切にするわ」


「ありがとう」


「ふふっ、お礼なんて別に良いんだよ。それより開けてみて。一応、普段使いできるように日用品を選んだんだけどさ」


「へぇ、なんだろうな。楽し…………」


 わくわくしながら包装紙を開けていくと、最初に見えた文字がーーーー。


「――――っ!!」


「痛っ!? え、何?」


 俺は贈られたプレゼントを思い切りロウの顔面目掛けて投げつけた。

 プレゼントは見事、ロウの鼻頭に辺り足下に落ちた。俺は素早く回収し、中の商品名をロウに見せるように突き付けた。


「何が日用品だ、このド阿呆!!」


「ええ~~~、日用品じゃん。ただのどこにでも売ってるコン……」


「言うなあぁぁーーーっ!! てか、お前これを包装させるとか、馬鹿じゃないのか!」


「馬鹿じゃないよ! 男子高校生には必要でしょ? 避妊はしっかりやらないと、だよ」


「生々しい表現は止めろ。指定ないんだからなぁ~、打ち消されるぞ~~」


「勇人、それメタ発言」


「うるせぇっ! 今日という今日は許さんぞぉ~~」


 目尻を八十度近くまで吊り上げる俺に、ロウは「ん~~~~」と顎に人差し指を当てて何かを考え、手の平に拳を打ち付けた。


「そっかぁ、黒ちゃん彼女いないから必要なかったね。ボクは婚約者がいるから気付かなかったよ。そうだ! それなら今度、合コンのセッティングをしてあげる。ボクの婚約者の友達だからお嬢様ばっかりで、綺麗だったり可愛い子だったりするよ。家柄は完璧なのは間違いないし、寧ろ黒ちゃんには勿体ないかもしれないなぁ」


 俺は殴った。今度こそ、ロウの腹に一撃入れた。


「馬鹿には付き合ってられん。帰るぞ、歩」


「あぁ、分かった。……大丈夫か、ロウ?」


「うぅ~~、黒ちゃんの愛が痛いよぉ」


 後ろの方で、よろよろと歩の手を借りながら立ち上がるロウの姿を確認し、俺は歩き出した。ほんの少しだけ、いつもよりもゆっくりと・・・。




~・~




夕飯の野菜炒めはみんなに美味しく食べて貰えた。せっかく買った人参やピーマン等を避けるヤツには百均で買った柔らかめ(ゴム製の殴る用)のフライ返しをお見舞いしておいた。


 みんなが食べ終わって食器を片付けると、ほとんど人のいない風呂に入ってさっぱりする。因みに、歩は食事前に、ロウは部屋に備え付きのシャワーで済ませている為、風呂が被ることはないのでひとりでゆっくりだ。

俺が部屋でくつろぐ頃には十時を回っている。俺は今日あった出来事を日記に纏めながら、視界の端に置いてあるロウからのプレゼントに溜息を吐いた。


「しっかし、ロウのヤツ、余計なモンを買って来やがって」


 あの後、包装紙を完全に取ったところ、箱底に犬のメタルチャームが入っていた。つまり、上の箱はオマケで本命はこっちだったらしい。

 その証拠にメタルチェームにはメッセージカードが貼られており、

『敬愛なる友へ 感謝の気持ちを込めて贈ります。ボクのはチワワ、黒ちゃんは柴犬、歩ちゃんはダックスフンドだよ。 ロウより』

と、書かれている。

 これで溜息を吐かないヤツはそうとう肝が据わっている。


「まあ、歩は驚きもせず受け入れるんだろうなぁ」


 俺は犬のメタルチャームを筆箱のチャックに付ける。大きさとして5㎝程だから邪魔にはならないだろう。


「あ~~。だけど、これどうしよう。使い道、というか置き場に困るんだが?」


 取りあえず、セロハンテープを駆使して、もう一度、綺麗に包み直してからベッド下にある衣装箱の中に入れておく。

 この寮にいる限り、日の目を見ることはないが仕方がない。こんなものを買ってくるロウが悪い。


「さてと、今日はもう寝るかぁ。色々あって疲れたし、明日は学校だもんなぁ」


 電気を消して、ベッドに潜り込んで目を閉じる。


「…………やすみぃ~~」


 俺は全身の力を抜き、深い眠りにはいるのだった。




















「!? 課題やるの忘れてたーーーっ!!」


 寝入る直前に宿題のことを思い出すのも、ほぼ日課となりつつある。

 俺は慌てて机に設置されているスタンドの灯りを付けて、鞄の中から課題を取りだして取りかかった。 

これは、ごく普通の男子高校生の、ごく普通の平凡な物語である。









END


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