第10話 荷運びの男

 数分か、数時間か。星を目で追った。俺の手の甲には、俺の血で汚れたルーシーの小さな手が重ねられている。 

 冷たかったルーシーの指先が、温かい。体温が戻ってきたのだ。


「……っ、行こう。あいつ等の連絡が無くて、他の部隊が動くはずだ」


 ゆっくりと体を起こすとどうにか起きられた。足を引きずってトラックに向かいながら、惨状を確認する。襲撃者の乗ってきた筈の車を捜したが見あたらない。おそらく徒歩移動で潜み、待ちかまえていたのだ。


「仕方がない、これで行こう。動けばいいが」


 トラックのドアガラスは割れ、鼻の曲がった男は事切れていた。座席から引きずり下ろし、助手席側に張り付いていた眼球を払いのける。助手席にルーシーを抱え上げて乗せると、ルーシーは砂の着いた顔を不快そうに手で擦った。


「目は擦ったらだめだ」


 鼻の曲がった男の残した水筒で尻ポケットのハンカチを濡らし、ルーシーの顔を拭ってやる。


「ありがとう。でもラッド、このハンカチ、私が使ってもいいの?」

「ハンカチは使うためにあるもんだ」


 問われた理由はわからなかったが、悪い筈がない。俺は濡れたままのハンカチをもう一度尻ポケットに仕舞う。その仕草に、違和感は無かった。これは大事なものだが、無価値なものだ。

 キーを回すと、幾度かうなり声を上げてエンジンがかかった。既に踏みつぶされているトウモロコシ畑をバックし、農道へと軌道を戻す。正確かどうかはわからないが、一応動いている車載時計は二十一時過ぎを指していた。

 コガシノへは寄らない。政府直轄の穀倉地帯を通り過ぎ、小さな村で肩を寄せ合って管理している名も無き村へと移動した。村名の大体はその村を立ち上げた個人名なので、年寄りに聞けばわかる。


「ルーシー、眠っていいぞ」


 小さな体に余りある大きな座席に身を沈め、ルーシーは小さく頷いた。転げ落ちるといけないのでベルトをしようと思ったが、劣化したベルトは千切れてしまっていた。

 頭の中の地図を頼り、村に到着したのは日付が変わった頃だった。小さな村でも見張りはいる。松明の影に、物見台から慌てて銃を構える姿が見えた。その場でトラックを止めて窓から手を振る。


「こんな時間に悪いな! 道に迷っちまってさ!」


 懐中電灯で顔を照らされ、目を眇めながら愛想笑いをする。助手席のルーシーに気が付いた見張りが、警戒を解かぬまでも銃口を下げながら近付いてきた。


「荷物は空だ」


 見張りは必ず二人以上が鉄則だ。あからさまに怪しいトラックの荷台を確認した、兵士のように髪の短い男が確認の声をあげる。


「俺は民間の郵便配達と荷運びをやってる。ゲイラ・ムロントルって婆さんに、孫から手紙預かってんだよ」

「ああ、ゲイラ婆さんか。手紙一通にわざわざこんな所まで?」

「本当は手紙一通でも来てやりたいんだが、まぁついでさ。クランテで荷下ろししたら、こっちの道を通る方が近くてさ。まぁ迷ったわけだが」


 地図にあった近隣とは言い難い辺鄙な村の名前を出すと、男はようやく警戒を解いたのか、銃を肩から下げてトラックを指定場所まで迎え入れてくれた。


「もう婆さんも寝てるだろう。どこか娘と寝る場所を貸して貰えないか。あと、できればあんたの古着でいいからズボン売ってくれよ」

「うわっ、なんだそりゃ」


 ルーシーを抱き下ろすと、俺のズボンの惨状に気が付いた男が悲鳴をあげた。

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土葬禁止 南雲りくおう @nagumorick

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