第29話 # 専属
モデルレッスンを終え、園は合田マネージャーと二人、机を隔てて向かいにはチーフマネージャーの猿と田中が座る会議室にいた。
「それで、園にはちょっと人に会ってもらおうと思ってね。
「はぁ。」
モードクレールと言えば、有名なフランスのファッション雑誌である。世界30カ国ほどで刊行されている雑誌で日本でも歴史がある女性誌だ。
しかし、まだファッションに興味を持ち始めたばかりの園にはピンとくる名前ではない。
「Syan-Syanはわかる?」
「あ、わかります。」
園が、わかっていないことを察した合田マネージャーが隣で園をフォローするために、関係のある有名誌Syan-Syanの名前を出した。合田はSyan-Syanは電車内によく中吊り広告を出したりする関係で、園でも知っているのではないかと思ったのだ。
「その本家みたいな雑誌。」
「あ、そうなんですか、へー。…すごい雑誌なんですね。」
あくまで園の反応は薄い。あまりすごさが伝わらない園に合田は隣にいながらやきもきする。薄い反応しか返せないレベルとは言え、園もSyan-Syanの中吊り広告自体はよく見る。取り敢えず、大抜擢なのは園にもわかった。
ライバル誌となったSyan-Syanと同様にモードクレールのモデルは売れっ子女優がなったりすることも多い雑誌。知名度が上がることはもちろんのこと、まだ無名のアイドルがそこへ抜擢されるかもしれないということはその時点で既に快挙と言ってもよかった。
「とにかく、MCJの専属モデルにしてもらえるかもしれないから。大倉さんね。今から会う人の名前。」
「わかりました。」
そう言って田中は腕時計を見た。田中は猿渡に目配せすると立ち上がり、猿渡とともに会議室を出て行った。
二人が会議室から出て行くのを目で追う。園はふと隣に座る合田を見ると表情が固い。
無言の五分。園は田中が猿渡と会議室を大倉という編集者を迎えに行く段になってようやく自分のターニングポイントになり得る所だと自覚する。
「…しっかりね。」
合田がこちらを見てそう言った。合田は心配だった。顔には出ていないが園には太ももの上で握った拳に緊張が見え隠れするのを感じていた。
扉が開かれる。鷲鼻で坊主頭をした園より背の高い女性。見ない顔だ。MCJの編集者の一人である大倉である。園は思わず立ち上がる。
「あなたが、園忍さん?」
「はい。園忍です。」
大倉は園の目を唐突に覗き込む。園が及び腰になる。大倉はそのそれ自体が輝きを持っているかの様な瞳に目を奪われる。
「いいね。目が。シガーみたいね。」
大倉は、園の灰色がかった淡褐色の目に僅かに男っぽさを無意識に感じてそう言った。
全体的に灰色がかってはいるものの縁は濃青色にそして中に行くにつれ赤土色が混じる。大倉はそんな目を持つ日本人にかつて会ったことはない。
しかし、園の目に目を奪われながらも園の容姿が日本のアイドルらしからぬものであることを見てとった。顔にはその人の考えや生き方が現れる。服装をとってもそうだ。だと言うのに、園の服装からは可愛いものが好きという印象を受けず、どちらかと言えば個性的で容姿も可愛いという系統でもないが、どこか爽やかで甘酸っぱさも感じる。自分の考えを持っていそうな印象も受ける。そして、その綺麗な骨格に高身長。アイドルよりモデルの方がよほど向いていると大倉は思う。
何故アイドルになったか興味をそそられるし、大倉の思う日本のアイドル像からは離れた存在ではあった。
MCJはこれまでアイドルを専属モデルとして起用したことはないが、園ならMaud Claireのブランドイメージを悪い意味で壊すといったことはなさそうある。というより、目だけとっても採用する価値がある上、容姿やスタイルもMCJの他のモデルとも全く遜色ないというよりもむしろ上回る可能性をひしひしと大倉は感じた。
ラップトップをショルダーバッグから取り出しながらもう一度園の方を大倉は見る。
「あ、タバコは嫌いよ。健康に悪いもの。」
片目を瞑ってウィンク。会議室はもう大倉のものだった。
「座って?」
園は大倉に言われるがまま座る。大倉にとって、園の第一印象は悪いものではなく、その逆だった。しかし、大倉はあくまでポーカーフェイス。今から見定めるといわんばかりの態度を崩さなかった。
園と蚊帳の外にされつつある合田も大倉の醸す緊張感に息を潜め大倉の次の言葉を待つばかりだった。
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大倉との面接の後、園はアイドル事業部の自販機コーナーの一角に置いてあるロビーチェアに座りながら、園は自分のグラビアが掲載された雑誌を眺めていた。
その雑誌はファッション誌ではない。アイドルの専門誌GooDISHである。園のキャッチコピーは"見るもの全てを引き込む1億3000万$の瞳。"そして、自分の目を強調したバストアップショット。自らが雑誌の一面を飾るなんて考えたことがなかった園はそれが現実のものか確かめるようにその写真に触れる。
「ねぇ!」
突然かけられた声に思わず園は肩をビクつかせる。園はGooDISHを隠す様に閉じ、その声の方向に向き直る。
愛だ。受付の方からこちらを覗くように愛が柱から顔を出していた。
「どうした?」
「どうだった?モークレ!」
愛の発したモークレという言葉が園の中でMaud Claireという言葉になるまで半瞬を要した。
「ああ、モードクレール。」
「大倉さんに会ったんでしょ!?」
あの大倉という編集者は有名な人なのだろうか。愛は爛々と目を光らせ園の右横に陣取った。話を聞き出すまで園を解放する気は毛頭ない、そう言わんばかりだ。
「大倉さんはね、元はパリコレとかにも出てたぐらいのモデルさんでね、1年前までMaud Claireで編集者やってて、モークレのね次期編集長って言われてる人なんだー。あ〜あ。エンニンずるい。」
愛はそう捲し立てるとコテンと背もたれに頭を預けた。園は何故愛がそれを知っているのか気になったが、愛の勢いに圧倒される。とは言え、園の受けた印象といえば、見た目にインパクトのある人なぐらいなものだ。後は、良い人なんじゃないかなという僅かな推論。それぐらいの情報をファンに言ったところですでに知ってたと思われるだけかもしれない。
何て返せば良いか分からなかった園は助け船を出してくれそうな人を探す。園は視界の端に合田が歩いて来るのを見とめる。合田を呼ぼうと園が合田の方を見ると合田の口が引き締まり一文字。目元は嬉しげで、何か吉報があったに違いなかった。
「合田さん!ちょっと…!」
合田が二人に気づかずそのままアイドル事業部のデスクに戻ろうとするのを園は呼び止める。
「あ!…忍と…愛!」
合田は園に駆け寄るとグッとサムズアップ。これはつまり採用ってことだろう、園はそう解釈して思わず立ち上がった。
「え、エンニンってば、モークレのモデルになったんですか?!」
その二人のやりとりを見た愛は察したらしい。
「そう!」
合田は思わず愛の言葉を肯定してしまう。
園は間違ってはなかった。しかし、心の中で仕事が決まった事の喜びはあるもののイマイチ凄さが分からない園と違い、二人はMaud Claireがどれだけ有名誌でMCJもSyan-Syanに読者を奪われている上、一世を風靡した昔ほどではないが人気がありかつ歴史ある雑誌の一つである事を知っている。
Maud Claire U.S.の編集長アンドレア・サマーと言えばファッションに興味がある人なら知っていなくてはいけない人の一人なのだ。
抱き合う合田と愛の二人の頭の中でMaud Claireの周辺知識が弾ける。
愛が自分の事の様に嬉しそうにキラキラと園の方を見るが、ついていけない園。それがもどかしい愛はそのスゴさを伝えるために群青色のロビーチェアに園を座らせるのだった。
アイドル@KAKUGEN_ojisan TS 三渕 @sunseesea
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