其の伍(最終回)「一本の木」

 「奈美… 」

 

 ♪『はい、橙さん。もうよろしいのですか?』

 

 「ああ、ありがとう」


 ♪『この木も少し大きくなったでしょうか』


 「いや、俺の目ではわからない。奈美はどう思う?」


 ♪『そうですね…』


 「俺は4年前と少しも変わってないと思った」


 ♪『少し、葉が茂ったようにも見えますが』


 「いや、この木じゃない。俺のことだ」


 ♪『あ… 橙さんの…』


 「この歳なのに今の会社では、まるで新採用の社員のように働いている。もっとも、入社してまだ一年だからしょうがないんだけど。今まで得たノウハウやスキルはほとんど使えない。だけど、周りはそうは見ない。年齢で判断され、前の会社の実績で判断される」


 ♪『そして、橙さんは『できません』て言わないのでしょ?』


 「ああ。そうだ。いかにもやれるような笑顔で強がって、そのくせ俺の中ではとっくに空中分解さ」


 ♪『橙さんが今の会社に求めたものって、そんな意味のない駆け引きや強がりじゃなかったんですよね』


 「もちろん、そうだ。俺が企画して作ったもので利用者が喜んでくれたらいいと… 」


 ♪『此処に来て、橙さんはその気持ちを思い出せましたか?それとも、4年前のようにまた、全部投げて逃げますか?』


 「なあ、奈美」


 ♪『はい、橙さん』


 「俺は、今まで、進学にしても就職にしても、誰にも相談したことなんてなかった。全部、自分で決めてきたし、責任も自分だけで取ってきた」


 ♪『そうなんですか』


 「人に相談したところで、どうせ、俺の決めたことに当たり障り無く同調して、最後には、『がんばって』とか言われてお終いだろうって、決めてしまっていた」


 ♪『だから、一人で何でもするほうが楽、なんでしょ?橙さん』


 「そう… 楽… でも、それだけじゃない。それは、自分こそ人に相談されても親身になることなく『がんばって』で終いにする奴だから、他の人もきっとそうだろうって、他の人を信じられないでいるってことにも気がついたんだ」


 ♪『なるほど』


 「今の会社では、チームプレーで企画が行われる。一人では無理なんだ。“自分の責任”なんてかっこいいことを言っているけど、その実、他の人に自分の考えや気持ちをきちんと伝えられず、他の人の話を親身に聞けず、対面やプライドが気になって自分が“わからない”ということも相手に伝えられず知ったかぶりの顔で強がっているに過ぎないんだと…」


 ♪『橙さん、気がついたんですね』


 「ああ、気がついた。この広い高原で、ああやってすっくと立っている一本の木を見て」


 ♪『4年前は… 』


 「あの木のようになりたいと思ったんだ。誰にも頼らず、自分だけの力で立ってみせる、大きくなってみせる、って」


 ♪『今は、どうですか?橙さん』


 「関わっていくよ。自分の強さも弱さも武器も防御もさらけだしながら」


 ♪『橙さん、あの木は、一人でなんて立っていませんよ』


 「ん?」


 ♪『土からは養分を、空からは太陽の光と水分をもらいながら立っているんです。しかも、4年経ってもどこが大きくなったのか一目ではわからないくらい時間をかけてゆっくりと成長しているんです』


 「そだな…  なんだか、奈美は北島サブちゃんみたいだな」


 ♪『北島サブ ちゃん… ですか?』


 「おう。“木”の気持ちをよく知ってらっしゃる」


 ♪『もう、橙さんたら』


 「さて、そろそろ帰るかな。此処にはまた4年後、来たいな」


 ♪『はい。それはいいですね。お互いの葉がどれだけ茂っているか勝負ですね』


 「その時は、奈美、また、ナビゲートしてくれるかい?」


 ♪『橙さん、それはどうでしょう』


 「え!? 奈美、頼むよ」


 ♪『4年後は、きっと、橙さんは一人で此処に来れますよ。わたしは、また、別の機会のときに予告無しで表れますから』


 「“約700m先の交差点を左方向です” ってか?突然」


 ♪『そうです。まあ、“右手前方向です”って言うかもしれませんが』


 「それ、ムカつくんだよな。右手前方向」

 

 ♪『存じております。私がそう案内申し上げますと橙さんは『ぬぁんだよ!右手前ってのはよう!右でいいじゃんか!右で!』っていつも言いますものね』


 「ははは、知ってたの?」


 ♪『該当件数526件がその言葉ですから』


 「え!?」


 ♪『あとは、とてもいいドライバーさんですよ』


 「そうだったんか… 悪かったな奈美」


 ♪『いいえ、わたしの方こそ生意気な口を利いてすみませんでした』


 「いいんだよ。こっちの方こそ悪かった」


 ♪『では、今日のドライブの最後の曲です。私の方で選曲してもよろしいですか?』


 「ああ、頼む」


 ♪『最近、橙さんが聴いている曲の中で一番好きな曲です』


 「奈美… 」


 ♪『はい。なんでしょう、橙さん』


 「その曲は、家に帰るまでエンドレスで頼む。それから… 」


 ♪『はい』


 「奈美… 今日はありがとう」


 ♪『では、再生します。』




♪Char「All Around Me」

https://www.youtube.com/watch?v=x75lKzZ9_ms



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奈美ゲーションシステム 橙 suzukake @daidai1112

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