第3話 『魔』ナル者
暗い、暗い森。
あの『魔女』の住む森。
目を伏せ、前を見ないように足元を見ながら歩き、バスと電車を乗り継ぐ。
人から見たら異様だったかもしれないが、かまっていられない。
私が見た人は倒れ動かなくなる、あの『魔女』がかけた魔法……いや呪いのせいだ。
「自分が見た人を無差別に死に至らしめる」
この呪いのせいで、大勢の人を……何もしていない人まで。
家には帰れなかった、居なくなればいいとも思ったことはあるが、親を私のこの呪いのせいで失うのが怖かった。
もう一度『魔女』に会うために、暗い森に入って行く。
何としても、あの『魔女』にもう一度会い、元に戻してもらわないと。
湿った臭い、暗い森、無い道を速足で歩いて行く、足を踏み出すたびにグズグズと嫌な音を立てる。
息が荒い、早く早く。
木々に張り巡らせてあるしめ縄が見えてきた、もう少し、もう少しであの『魔女』が居る。
しめ縄を潜り、森の奥に入って行く。
もう少し、しばらく歩けば、あの『魔女』が居る古民家があるはずだ。
枯れ葉が腐った湿った臭いの中、歩いていく。
目の前の木の間に何か張られている、見たことがある、ここに入る時見たものだ。
しめ縄……が見えてくる。
おかしい、反対側に出てしまったのだろうか? しめ縄で囲まれたこの森のこの場所も、そこそこ広いはずだから、少しずれてしまったのかもしれない。
踵を返し、少し方向をずらして歩いていく。
しめ縄が見える。
別の方向に歩いていく。
しめ縄が見える。
別の方向に歩いていく、しめ縄が、歩いていく、しめ縄、歩く、しめ縄、歩く、しめ縄、歩く歩く歩くあるく。
ダメだ、もう、もう歩けない。
この場にへたり込み、荒い息を吐く。
見つからない、消えてしまった、あんなに大きな古民家も、あの『魔女』も。
その場にうずくまり、涙がこぼれだす。
「うぁあぁああぁあああぁああああああ!!!」
大声を上げて泣き出してしまう、握りしめた手にこぼれた涙が当たる。
何でこんな事になってしまったんだろう? 私は何も悪い事なんてしてないじゃないか、何でこんな事に、お願い、お願い誰か、誰か助けて。
くすくす
楽しそうな笑い声がする。
私は、頭を上げ笑い声のする方を見ると、そこにはあの『魔女』が居た。
さも嬉しそうに、おかしなものを見て楽しんでいるように。
「あら、見つかってしまった、面白くて笑ってしまったわ、姿を見せるつもりはなかったのに」
くすくすと笑いながらそう言ってきた『魔女』を見て、私の中で何かが切れた気がした、血が上り怒鳴り声をあげる。
「誰のせいでこんな事になっていると! こんなこと望んでない! 戻して! 私を元に戻してよ!」
怒鳴り声を上げ睨みつけている私を見ながら、楽しそうに『魔女』は口を開いた。
「あら? あなたは”あの娘”の願いを受け取ったのよ? そのつもりで来たのでしょ?」
くすくすと笑いながら楽しそうに問いかけてくる。
「だからって! 人を殺していいなんて! こんなの魔法じゃない! 呪いじゃない!」
そうだ、人殺しなんてしたくない。
そうだ、おかしい、みんな死んでいったのに……何故この『魔女』は、生きているんだろう? 私はこの『魔女』見ているのに。
「今度は、不思議そうな顔をしたわね? あなたが見ても私が死なないから? あれだけ殺してきたのに、私が死なないからかしら?」
「私はっ! 死なせたく何てっ!」
「あなたにかけたのは「見た人を死に至らしめる」魔法、私がかけた魔法で私が死ぬわけないじゃない、それに……私は『魔女』だもの」
くすくすと楽しそうに笑いながら話を続ける。
「あら? これは”あの娘”の望んだ事よ? あなたも望んでいたでしょ? 『誰にも分らず誰にも知られず死なせる』都合のいい力があればって」
確かに、考えていた、彼女を苦しめたやつらを消したいと、周りの大人たちも、何もしなかった奴らも。
「”あの娘”が何故あなたに託したか、考えてみたかしら?」
「それは……私が、一番の……親友……」
そうだ親友の私に、この魔法……いや、呪いで敵をとってほしかったんじゃ……。
「そう? ”あの娘”が苦しんでいた時に、何もしない親友さんね、自分が可愛くて厄介事が嫌で、手を汚すのが嫌いだから”あの娘”を見捨てた親友さん」
心がギリギリと音を立てるように締め付けられる、血の気が引いていく。
「違う……そんなこと……」
違う違う、そんなことない、私が……。
「裏切られて切り捨てられて見捨てた親友に、命を対価として”あの娘”がどんな事を望んだと思う? 苦しみぬいた”あの娘”が命を対価として、何を呪い望んだのかしら?」
体が震える、私は彼女に……。
「だ……だったら! 私の願いもかなえて! この呪いを解いて! 元に戻して!」
泣きながら叫ぶ、いやだいやだいやだ。
冷たく嬉しそうに微笑んでいる『魔女』に、私は駄々っ子のように何度もお願いをしている、けれども、『魔女』は。
「”あの娘”の対価を受け取っているのに、何故あなたを救わなければいけないのかしら? あなたが苦しんでかわいそうだから? 願いを叶える魔女だから? それとも、正義の味方にでも見えるのかしら?」
くすくすと、笑いながら私の顔の横に『魔女』が顔を寄せて来る。
甘い花のような吐息と共に、耳元でささやく。
「魔女はね、”魔”を宿すから魔女なのよ」
ふわりと、『魔女』の体が離れると、震える私に向って口を開く、桜色の美しい唇で。
「さようなら、魔法少女さん、いえ、魔”包”少女かしら?」
そう言うと『魔女』は、私の前から煙のように姿を消した、まるで何も居なかったように。
嫌! 嫌よ! こんな事、夢なら覚めて、こんな事夢よ、覚めたらいつもの生活よ、あるはずないもの、夢ゆめゆめゆめ。
「あはっ、あははぁあははははははははああはははははあはははは」
暗い森の中、一人の少女が涙を流し大声で笑っている。
いつまでもいつまでも、その笑い声は止まらなかった。
『魔』ナル者 大福がちゃ丸。 @gatyamaru
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