第2話 魔女
暗闇の中から、軽い衣擦れの音と共に姿を現してくる。
黒髪が綺麗な、私より少し年上? 二十代くらいの落ち着いた感じの女性が、やさしく微笑みながら出てきた。
黒を基調とした和服の着物、袖や裾に艶やかな赤い花の柄が付いている、牡丹だろうか。
長い黒髪がサラリと音を立てるように肩から流れ、小さい桜色の唇から可愛らしいが落ち着いた声が響く。
「いらっしゃい、待っていたわ」
その人は、私を招き入れるようにそう言うと、踵を返し闇のような部屋の中に溶け込むように入っていく。
私は、ギクシャクと体を動かして、後を追うようにその部屋に向かっていく。
そう、この場所に、この家を、あの女性を、見た時から体がまともに動かない、声を出そうとしてもうめき声も出ない。
怖い、こわい、こわいこわい、こわいこわいこわい。
強張った体が無理やり動いていく。
縁側から闇しか見えないその部屋に入ると、そこは一面に畳の引かれた部屋が広がっていた、時代劇のお城の部屋のような、外からは何も見えなかったのに。
何が起こっているのか。
私がギクシャクとその部屋の真ん中あたりまで歩くと、金糸で模様の入った座布団が二枚、向かい合わせに座れるようにひいてあった。
「そこに座って」
耳元で声がした、花のように甘い吐息、あの女性だろう、いつの間に私の後ろに居たのか。
私は、座布団に座り込むと、対面にあの女性が座って話をしだした。
「あなたが、あの娘が話していた子なのね?」
体が動かない、口が動かない、言葉が出ない、うなずくこともできない。
細く綺麗な指が私の頬に触れる。
「あの娘が望んだ事、望んだ力、あなたが受け取るのね?」
花のような甘い香りの息がふわりと私の顔にかかり、桜色の小さな唇が私の唇に重なる。
ビリっと、電流が流れた様な感覚とともに、私は後ろに飛び退る。
「な、何をするんですか?!」
手で口を押え……、かすれた声が出る、ビクッと体が動く、一体何が。
「どうやら、無事に受け取れたようね」
着物で口元を押えているが、くすくすと笑い声が聞こえる。
羞恥、怒り、戸惑い、色々な感情が一気に襲ってきて、私は叫ぶように問いかける。
「何なんですかあなたは?! ここは何なんですか?! 何が! 」
スルリと衣擦れの音と共に、私の顔の前に手を上げて、私の言葉を遮ると、また体がしびれるように動かなくなっていく、そんな私を見ながら微笑みながら話し出した。
「そうね、まずは私の事? 貴方たちが言う『魔女』と言われるものよ」
くすくす
「あら? 意外そうな顔ね? 鼻の大きい腰の曲がったおばぁさんだと思った?」
くすくすくす
「ここはね、あの娘のように、命を賭して願いをかなえたい者が来る場所なの」
くすくすくすくす
「あの娘は、対価を払って願いを叶えたのよ、それをあなたは受け取りに来た、そうよね? お嬢さん?」
くすくすくすくすくす
「あなたに魔法をかけたわ、あの娘の願いを叶えるために」
パンッ、と乾いた音がした、自分の事を『魔女』と言った女性が両手を打ち鳴らしたのだ。
目の前がグニャっと曲がり、吐き気が襲ってきた。
それも一瞬。
私は、自分の家の前に立っている。
夢のような、それも悪夢のような、私は、現実とも思えない事を体験して唖然としている。
体のけだるい疲労感が、現実にあった事だと肯定している。
私は、そのまま家に上がり、自分の部屋に入ると着替えもせずに、ベッドに倒れこむ。
あの『魔女』が最後に見せた笑みを思い出した、酷く醜く残忍なもの、背筋に寒気が走る。
彼女は、復讐を望んだのだろうか? あの『魔女』に何を頼んだのだろう? 私は、何をしなければならないのか? 何をさせられるのか?
いつの間にか考えることを手放し、眠りについてしまった、闇の中に沈み込むように。
朝になる、窓からの日差しが眩しい。
いつもの日常、母親の呼ぶ声。
私服のまま寝ていたので、昨日の事は夢ではないのかもしれない。
学校の制服に着替え、朝食を食べ学校に向かう。
何事もなく、いつもの通り。
学校の教室は騒がしい、私は席に着くと隣を見る、その席の生徒は居なくなった。
彼女の席だ、何事もなかったように、誰も座っていなかったように。
気分が悪くなり廊下に出る。
「ふぅ」と一息ついて、ついでなのでトイレに行こうとすると、廊下のはじの方であいつらの姿が見えた。
さすがにもう相手をする者も居ないが、のうのうと悪びれもせず学校に来ている。
自分でも、顔が歪んでくるのがわかる。
「死ねばいいのに」
はき捨てるように、心の中の黒いモノを小声でつぶやいた。
その時、何かが変わった気がした、映像が切り替わるような、何か不確かな、それでいて確かなモノが。
ゴトン
あいつらが、糸の切れた操り人形のように廊下に倒れこんだ、頭が床に当たり大きな音を立てる。
何が起こったんだろう? 私は唖然として立ちすくみ、倒れこんだあいつらを見ている、ピクリとも動かない。
廊下に出ていた他の生徒たちが叫び声を上げ、教室から何事かと生徒がぞろぞろと出てくる。
私がそちらに顔を向けた途端に、その生徒たちも次々にバタバタと倒れていく。
これは私が?
あの『魔女』がかけた魔法?
ゾッとする、血の気が引いているのか指先が冷たい、体が震えて来る。
私の後ろからも声が、叫び声がする、私が振り返ると……そう、私の視界に入った途端に、声も出さず人形のようにみんな倒れていく。
私は、駆け込むように教室に入って行く、ここには、学校には居られない、早くどこかに。
教室には、まだ何人も人が居た。
その人たちを見てしまった。
ある人は机に突っ伏すように、ある人は椅子から崩れ落ち、動かなくなっていく。
慌てて鞄を持ち、騒がしい廊下に出る。
廊下は、この階に居る生きている生徒たちであふれ、その騒ぎで職員室から出てくる教師たちでごった返していた。
皆、倒れている生徒たちを見て騒いでいた。
バタバタと倒れる音の後、すっかり静かになった廊下を、折り重なって倒れている生徒や教師たちを避けながら、下駄箱に急ぎ学校から走って出て行く。
私の視界に入った人たちが倒れていく。
散歩をしているおじさんも、家の前を掃除しているおばさんも、手を繋いで歩いている親子も。
こんなことは望んでいない、こんな事はしたくない、何でこんな事に。
涙で顔をグシャグシャにしながら、人気の無い路地に入り息を整えて考えた。
どうすれば、私ではどうする事もできない。
そうだ、『魔女』だ、あの『魔女』にもう一度会ってこの魔法を、いや、呪いを解いてもわらないと。
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