第25話 終わりと始まり

「……」


 残された生命は、その姿に慄くのみ。誰も、口を開くことはできなかった。


 シルヴァの周囲に靄が立ち込める。その靄は足元からシルヴァの体を創る。ほんの数秒で体の傷などなかったかのように、シルヴァは大きく息を吐いた。


「あー……で?」

「え?」


 シルヴァの頓狂な声に誰かの声が答える。


「あ、まぁ俺は別に当事者とかそういう類の人間ではないし。後のことは任せた」

「ちょっと、シルヴァ。どういうこと?」


 ゼラの肩を叩くシルヴァに、何を言っているのか分からないような表情を浮かべるゼラ。


「俺はまぁ、……別に連れ戻しに来たとかそういった訳でもないし。まだクランにも入団できないし」


 そういい、シルヴァはノラとサラの方をチラリと見やる。


「まぁ後は当事者達で片付けて」

「シルヴァ、それは……」


 ゼラがシルヴァに呆れたような口を開く。


「事の発端はそっちの過去のなんかを引きずったからだろ?それは俺に関係はない。俺はただ礼を返しただけに過ぎないんで。だが、俺になんか文句付けるなら色々と話し合う準備は出来てるけど」


 話し合い武力行使ではないのかと舌を巻くゼラだが、瀕死の状態からここまで戻れたのはシルヴァの力あってこそなので、文句を付けることもできなかった。


「……私が悪かった」


 その時、侯爵が頭を下げた。貴族が一般人に向けて謝罪をするということはほぼない。この行為に、ゼラは戸惑ったが、侯爵に声をかけた。


「頭を上げてください侯爵。まずは話し合ってからです」

「そうだな……」


 シルヴァが指を鳴らし、地面から円卓を創造する。人数分の椅子も造られ、そこの一つにシルヴァは腰掛けた。


 ……のだが、他の人が席に座ろうとした時、シルヴァは口を開いた。


「まずは自陣で話し合っときなよ。何を望むのか、何までなら受け入れられるのか。そこが明確に決まらないと会議は長引くだろ?」


 シルヴァが新たに二つ部屋を創る。そこに、半ば無理矢理桔梗の飛龍サイドと、侯爵サイドを押し込んだ。


 一人残されたシルヴァ。全員の姿が見えなくなったのを確認した後、顔を抱えて悶えた。


「あーっ、はっず!なんかカッコつけて全身再生したけどあれ部分再生でも十分いけたよなぁ……」


 そのまま、自分の創った円卓をバシバシと叩く。


「なんかかっこつけてこんなん作って……なんか仕切り出して……まぁ悪い方向には進んでないけども。穴があったら入りたいんだが」


 円卓の上で頭から突っ伏すシルヴァの顔は、緊張と興奮の糸が切れ、冷静さを取り戻していた。


 ◆◇◆


「……ではこの度の騒動の結末を付ける」


 シルヴァの発言で、簡単な議会が始まった。


「ではまず、桔梗の飛龍を代表して、ゼラ。此度の騒動について賠償や今後について提言を」

「はい」


 ゼラが椅子から立ち上がり、あらかじめシルヴァが渡しておいた紙を広げる。


「我々は、今回の事件の被害者として、損害賠償100000マーズを要求します」

「私は異議は出さない」


 なんと、ゼラの発言の真っ只中だったが、侯爵が容認できないものを全くもって挙げなかったのだ。


「……いいのですか?侯爵。私共は報酬を払って貰えれば文句は言いませんが」


 結社の男が侯爵に尋ねる。侯爵は、その首を縦に振った。


「構わない。全ては私がしでかしたことだ。今更になって虫がいいようだが、許して貰えるなら賠償金など幾らでも払おう。ただ……」

「ただ?」


 含みのある侯爵の発言に、ゼラは首を傾げた。


「君……はシルヴァ君といったか?」

「え、はい」


 突然話を振られたシルヴァは驚いて侯爵を見る。個別に自分にだけ何か言いたいことでもあるのだろうか。


「シルヴァ君に、ゼラにしたあの再生治療を私の息子にして貰いたいのだ。御協力頂けるのであれば、私は幾らでも賠償金を払うし、クランにも協力させてもらう。政治的便宜を図ってもいい」

「へぇ……」


 シルヴァが嗤う。そして、手を叩いた。


「承知した。ただ、この件は他言無用でお願いする。もし他人に漏らしたら、侯爵の首一つでは終わらないと思っていただきたい」

「感謝いたします」


 シルヴァに侯爵が頭を下げる。その顔は、薄汚れていてよく見えなかった。


 ◆◇◆


「シルヴァ、いいのか?」


 会議が終了した後、ゼラが声をかける。だが、シルヴァは顔色一つ変えずにゼラの方を見た。


「ここで貴族のコネが作れたのはいいことじゃないか。更には、今あの貴族は力が衰えている。何とかしてその地位を狙う下級貴族なんてゴロゴロいるだろう。楽しくなりそうなんでな」

「シルヴァ……シルヴァは一体何だ?あの骸骨の姿といい、……今回の行動も、まるで面白さだけで決めているようじゃないか」

「ふふ、さぁね。他人に教えられるより自分で知ったほうが面白いと思うよ。んじゃあ、ゼラにもちょっと頼み事があるんだけど」

「ん、何?」


 ゼラが落ち着いた笑顔を取り戻す。シルヴァと初めてあった時の顔だ。


「俺をこのクランに入れるよう、あの姉妹説得してもらえないかね?折角面白そうな場所を整えても、そこに俺がいないと何も始まらない」

「その必要はないわ」


 シルヴァの後ろから声がかかる。声の主はシャルロッテだった。彼女の隣には、ノラが気まずそうな顔をして、サラが恍惚とした表情でシルヴァを見ていた。


「ほら、早くいいなさいな」


 シャルロッテに急かされる。先に口を開いたのは、ノラだった。


「……私はもう、あなたをクランに入れることには反対しないわよ。だけど、粗相があったら直ぐに追い出すから」


 それだけ言って、横を見る。だが、その視線だけはシルヴァを話さなかった。


「あの……シルヴァさん」

「シルヴァさん!?」


 ノラの大声が響く。だが、サラはその声が聞こえないかのように、シルヴァの元へと歩み寄り、その腕を取った。


「あの……助けてくれてありがとうございます。これが運命なのでしょうね」

「は?運命?」

「貴方と会って、散々無礼な言葉を言っても、貴方は何も言わなかった。貴方は私の絶望を取り払ってくれた。私の世界に色を染めてくれた」

「あの、サラ?」

「これからは不肖サラが貴方のお世話をさせて頂きます。朝から晩まで、ずっとお世話します。貴方が何だろうが、貴方は貴方です。逃がしません、離しません。貴方は私の全てです。ですから、貴方の全てに私がなりましょう」


 目をグルグル回しながらサラがシルヴァの顔をこれでもかと覗き込む。サラの突然の変わりようにシルヴァは苦笑いを浮かべながら、サラを見た。


「んじゃ、最初のお願いをしようか」


 シルヴァが取り出したのは、一枚の紙。


「これにサインして?」


 クラン入団希望者専用の書類だった。サラが即に返事をし、続いてノラが軽く息を吐いたあと、ペンを手に取った。


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第一章完結です。第二章開始期日はまだ未定ですが、連載本のような形をとれればと思います

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知識欲の鬼才と叡黎書(アルトワール) 第一章 麒麟 @author_KIRIN

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