第24話 ヘルヘイム
「うっわ、これは酷いな」
突然、部屋の中に新しい声が響いた。部屋の中にいた人物全員が驚いた顔でその声の主の方を見る。
そこには、呆れたような、疲れたような顔をしてたたずむシルヴァの姿があった。シルヴァは軽く部屋全体を見回した。
「随分な姿だな。ゼラ」
ゼラの元へと歩く。かなり悲惨な状態であったゼラを前にして、シルヴァには余裕が見て取れた。
「…………シル……ヴァ……」
ゼラの口から小さく音が漏れる。その瞬間、ゼラの体が劇的な変化を起こした。
焼け爛れた皮膚はその姿を戻し、体についていた大小様々な傷は、まるで時が戻るかのように結合したのだった。
突然の光景に、誰もが動けなかった。ただ、ゼラの体が癒えていくのを傍目から見るので精一杯だった。
「大丈夫か?」
「あっ、ああ……」
返事をするゼラだが、シルヴァに対する礼の気持ちよりも自分の体に起こった現象に気が取られていた。爛れていたであろう腕や体を、目を見開かせてみている。
「馬鹿な……」
やっと侯爵の口から言葉が落ちた。シルヴァはその様子を横目で見たのち、近くにあった椅子を引っ張ってきて、腰掛けた。
「少し話をしようか。人間」
その言葉は、まるではるか高みから見下ろされているかのような響きがあった。だが次の瞬間、シルヴァの首がありえない方向へと曲がる。
「動くなよ、お前。目障りだ」
シルヴァの真後ろで呆気に取られていたものの、正気に帰り手を動かそうとした傍仕えの男は、圧倒的な威圧感に押し潰され、泡を吐いて気絶した。
「……さて。傷害罪で監獄送りにするのもよかったんだがな……治してしまったからな。どうにもこうにもできない」
シルヴァの声が淡々と響く。だが、そこに沢山の気配が突如として現れた。
「動くな、男」
結社の男がシルヴァに告げる。周囲を見ると、いつの間にか総勢30を超えの黒衣の男達に取り囲まれていた。
「お前らが実行犯であの男が黒幕……ということでいいな。だがまあ……っ」
「それ以上口を開くな。首を刎ねるぞ」
シルヴァの首に剣が押し当てられる。流れ出る鮮血が床に零れ落ちた。
「……いいのか?折角色々と話したかったが」
「おい」
ここで、侯爵が話を遮る。シルヴァは軽く舌打ちをして、口を閉じた。
「この男は生かしておけ。半殺しでも、四肢はもげても良い。この男には女共よりも利用価値がある」
「承知いたしました」
男がシルヴァに向き直る。そして、首から血を流しながらだんまりを決め込んでいるシルヴァを取り囲んでいる男達に命令を下した。
「四肢を削ぎ、逃げる手段を奪え」
「はっ!」
その時だった。
傍観するように、まるで他人事のようにこの事態を見ていたであろう凍てついた表情が、一気に溶けたのだ。
氷の仮面に隠されていたのは、紅蓮の如く迸る狂気。
「ははっ!ここまで大人数を相手にするのは幾年ぶりだろうか!」
シルヴァが歓喜の声を上げる。そのまま、自分の首に剣を食い込ませていた男の口に手を突っ込み、上顎にかける。
「うっ!うおっ!」
そのまま一本背負い。地面に叩きつけられた衝撃で頭蓋骨は砕け、脳が破裂し、見るも無残な姿へと一瞬で移り変わる。
「甘い!」
音もなく襲いかかる暗器を軽く一蹴し、暗器を投げた男に向かって拳を振るう。
その男の頭は一瞬で弾け飛び、僅かに時間を経て残った首から多量の血が吹き上げ、足から崩れ落ちる。
「……来ないのか?」
シルヴァを取り囲んでいた男達が一歩後ずさる。だが、ここで動いたのは結社を取りまとめるリーダー格の男であった。
懐から拳銃を目にも止まらぬ速さで抜き取り、シルヴァへ発砲する。その銃弾は、的確にシルヴァの脳と心臓を貫いた。
「きゃああっ!」
サラの絶叫が響く。シルヴァと距離の近かったサラには、シルヴァの血液が降りかかったのだ。そのまま足の力を失い、地面にゆっくりと崩れる。
「サラ!」
ノラとシャルロッテがサラの肩を支える。そのまま、部屋の端へと移動した。
「……貴様」
侯爵が怒りを顕にする。だが、結社の男は悪びれもせずに言葉を返した。
「この男は危険です。利用できなくとも、ここで殺しておいた方が後々の禍根を断てるかと」
「私は生かしておけといったが?」
「幾ら顧客からの要望とはいえ、最優先は自分の組織のことです。この男を野放しにするよりかは、ここで」
この男の取った対応は正しい。先程の二名は、捕獲を前提とした攻撃であるため、殺傷性はそこまで高くはなく、また足や手などを狙っての攻撃だった。
男は一見組織の邪魔を排除するために冷徹な行動に出たように見える。だが、本心は違った。
男が感じたのは、恐怖。殴るだけで首から顔にかけての皮膚、筋肉、血管、背骨を粉砕したのだ。その手が自分に振られるのだと、もはやただ死を待つのみ。
ゆえに、頭に一発、保険に心臓への一発。地面に伏せるシルヴァを、ゆっくりと息を吐きながら見下ろす。
だが、突然シルヴァの指先が動いた。
「うっ、撃て!!」
もはや金切り声。男の絶叫と共に、黒衣がシルヴァの体に弾丸の雨を撃ち込む。
立ち込める硝煙の匂い、地面に落ちる無数の薬莢。弾丸の雨が止まったのは、シルヴァが指を動かしてから十秒後であった。
孔だらけとなったシルヴァを見下ろし、今度こそ安堵のため息を漏らす。だが、信じられないような光景が起こった。
血を垂れ流し、身体中に孔を開けられたシルヴァが立ち上がったのだ。立ち上がりながら、シルヴァの皮膚、筋肉は灰となって霧散し、骨だけが残される。
「お、お前!アンデットなのか?」
足をすくませながら尋ねる男を一瞥した後、シルヴァであった骸骨は骨だけとなった手を大きく広げ、口を開いた。
「〈
その瞬間、侯爵、結社のリーダー格の男、桔梗の飛龍のメンバー達を除く全ての生命体は骨を残して灰となり、またその骨も時間が経った後に霧散したのであった。
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