第23話 蠢

「久しぶりだね。最後に君に会ったのはもう二年ほど前になるのか」

「……カルクジア侯爵。まさかあなたとは思いませんでしたよ」


 ゼラが言葉をこぼす。途端、カルクジア侯爵が飲んでいたワイングラスを投げつけた。大きな音とともにガラスが砕け散り、ワインが地面を流れる。


「そのせりふは私が言うべきものだ!」


 怒りをあらわにする侯爵に、ゼラは少しのけぞった。


「あのクソ男……莫大な金握らせてやってなにが“息子さんは儂におまかせください”……だと?よくぬけぬけとそのような言葉が吐けたものよ!」

「侯爵、落ち着いてください」


 結社の男が諌めるも、侯爵の怒号は止まらない。


「あのクソ男のせいで私の信用も地に落ちた。貴族間での発言力も衰え、更には……あの子爵のドラ息子にさえ舐められるとは……屈辱だ!」

「でしたら、なぜ俺たちをこのようなことに」

「聞くところによるとあのクソ男の化け物が出てきたであろう。そいつのせいでまた私の息子が大怪我を負ったではないか!」

「な、それと俺たちがどういう関係で」

「お前のクランの元クラン長であろう。お前らが償うのは当然の義務だ」

「馬鹿な。侯爵、あなたは狂っておられる」


 ゼラが驚愕の声を漏らす。だが、侯爵はその言葉が逆鱗に触れたようだった。


「狂ってもよい。いや、狂わないことがあろうか。私は信用していたヤツに騙され、あまつさえ息子まで害されたのだ。ここまでされてお前は平然としていられるのか?なぁ、ゼラ!」

「……お怒りはごもっともです、侯爵。ですが、俺や妹達、シャルロッテは侯爵に刃を向けた覚えはございません」

「……はっ、何を言っているのか」


 侯爵は怒りに満ちた目でゼラを睨む。


「あのクソ男は私からせしめた金でクランの設備を建て直したでは無いか」

「……そうですね」

「私から騙し取った金でのうのうと今まで暮らしていたお前らも同罪よ」

「……ですが」


 再度口を開くゼラの顔に、棒状の物が押し当てられた。


「!っ!」


 皮膚が爛れ、焼け焦げた匂いが立ち込める。侯爵の傍に控えていた男が当てたのは、真っ赤になるまで熱した鉄の棒であった。


「ごちゃごちゃうっせーな。侯爵様がこう仰られたモンに意見だすたぁ、お前、偉くなったもんだな」


 飄々とした声が響く。歯ぎしりをするゼラに、再度棒を押し当てた。


「……!」


 熱さに耐えるゼラと、半笑いで棒を押し当てる男。ゼラが男の目を睨むが、その男はまるで意にもとめないような視線を送った。


 その時、焦げた匂いに意識が覚醒した者がいた。


 サラだった。


「お兄ちゃ……ん……」

「サラ!」


 初めは煙と焼けた匂いに恐怖していたサラだっだが、振り返ったゼラの顔を見た瞬間、その目を大きく見開いた。


「嫌……いや、お兄ちゃん!」

「サラ……俺は大丈夫だから、落ち着いて」

「嘘よ!そんな……私があそこで足元を取られなかったら……お兄ちゃんがこんな目に合うことなんて……」


 後悔の念を浮かべるサラを、ゼラがじっと見つめる。


「サラ、俺はお前達を守れなかった。ごめん」

「でも……」

「!危ない!サラ!」


 ゼラが会話の途中で言葉を断ち、サラに体当たりをする。


「きゃっ!」


 部屋の奥の方へと飛ばされたサラは、見てしまった。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”っっ!」


 顔全体に油を撒かれ、悶えるゼラの姿を。


「い……っ、いや……いや……いやぁぁぁぁぁァァっ!」


 サラの絶叫が、部屋の中を埋めつくした。


 ◆◇◆


「すいませんが、油は辞めていだけませんかねぇ」


 発言の主は、結社の男であった。


「なんでだヨ」


 侯爵お仕えの男がぶっきらぼうに言葉を吐く。


「あの少女三人はあのまま売らないと単価が下がってしまうのですよ」


 サラの目に写ったのは、絶望だった。だがその時、ゼラの絶叫で意識が覚醒したのか、ノラとシャルロッテも起き上がる。少女達は寄り添ったが、震えは止まることを知らない。


 自分たちはこれから売られるのではないか。いち早く逃げ出したいが、両手が縛られている上、魔法妨害の結界があるのだろうか。魔法がまるで構築されない。


「お……マエ……ラ……妹……に……手を……出すナ……」


 爛れた口からゼラが言葉をこぼす。発狂するほどの苦痛が与えられても、なおその精神は全く折れていないようだ。


「……ちっ、しぶといやつだ」


 侯爵仕えの男が面倒臭そうにため息を吐く。そのまま、結社の男の方を見やった。


 そして、サラの方を親指で指さして口を開いた。


「この女、ヤッていいっすカ?ちょっと、コイツの精神全く折れないんで」


 サラが恐怖のどん底へ落とし込まれる。だが、結社の男は嫌な顔をした。


「嫌ですよ。処女じゃないと単価下がるので」

「なら私が買いましょう」


 今まで黙りを決め込んでいた侯爵が口を開いた。結社の男は、興味深そうな顔をして侯爵を見た。


「……言い値で買っていただけるのでしたら」

「いくらだ」

「50000マーズです」


 結社の男の発言に、侯爵は怪訝な顔を浮かべた。


「……貴様、ふっかけているのか?」


 だが、結社の男は顔色一つ変えずに講釈を垂れた。


「ただでさえこれほどの上玉の女です。また、その実力も折り紙付きですので、護衛にするにも、慰み者にもできます。それに、処女というため、魔術の材料にも使用できます。あとは、姉妹で売ることができなくなるのは、やはり単価下落を招きますので」

「……そうか」


 侯爵が立ち上がる。コツコツと音を響かせながら、ゼラの方へと歩いていく。そして、ゼラの目の前に立ち顔を覗いた。


「……お前は私が憎いか」

「……お前ナンて……どっちでもイイ。たダ……」

「ただ?」

「妹達ヲ……守れナカッた……無力ナ自分が……憎イ」


 まるで過呼吸を起こしているかのように荒い息遣いの中で、ゼラは自らを悔やんだ。その言葉を聞いて、侯爵は身をひるがえした。


「払おう」


 サラの体が、震えた。


「証明書と印鑑を!」


 結社の男の呼びかけに応じて、目を隠した黒子が証明書と印鑑を運んでくる。そこに男が先に要項を書き、侯爵に渡した。


「ご確認を」


 受け取った侯爵はさらりと撫でるように軽く見たあと、傍仕えの男に手を差し出した。傍仕えの男が印鑑を渡し、侯爵が印を押した。


 その動作は、時間にしておよそ二十秒。だが、サラにはものすごく長く感じた。発狂して気を失うのではないかと何度も思った。


「はい、これで完了です。それでは、彼女の所有権は侯爵へと移行します」

「まて……サラ……ハ……モノじゃ……ナイ」

「私はこの女に興味はない。おい、お前」


 侯爵が傍仕えの男の方を向く。


「お前が言いだしたんだ。ちゃんと終わりまでしろ」

「承知いたしました」


 恭しく頭を下げた傍仕えの男が、ゆっくりと振り返る。そのまま、サラの元へと歩いていった。


「…………嫌っ……」

「へへ、お前はもう侯爵様のモンだ。その侯爵様が俺を直々に指名なさったんだぜ」

「…………嫌」

「喪失の瞬間をお前の兄と姉にみせてやれよ」

「ヒッ……」


 男の手がサラの肩に触れる。恐怖のあまり動けないサラの耳元を、男の唇が這った。


「そんな緊張しなくても、痛いのは最初だけだからナ?」

「嫌よ……そんなの嫌」

「すぐにメスの顔にしてやるサ」


 男の指先が、肩から胸、腹を通って股に向かう。サラの目に、涙が浮かんだ。


「……助けてよ……だれか、助けて……」


 口から細々と言葉がこぼれ落ちる。その時、サラの顔が無理やり持ち上げられた。


「えっ?……んっ、んーー!」


 男の唇が、サラの口を塞いだ。

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