3.帰還

 フタをコツコツとたたく音がして、耳を寄せると、「『日本昔話成立支援機構のM2415です。助けに来ました。今、このフタをどけます」と、若い男の声がした。うんうんと男が唸る声がひとしきり聞こえるところを見ると、屋敷の連中は、ずいぶん思いフタを載せたようだ。

 やっとフタが半分ズレて、月の光が差し込んできた。男が差し出してきた手は取らずに、あたしは、井戸のヘリをつかんで、ひょいと外に出た。


 「人間に見つからないうちに急ぎましょう」と男に言われてついていくと、「日本昔話成立支援機構」の最新型2人乗り時空転移装置が待っていた。特殊合金で一体成型された外殻が月の光を浴びて冷たく光り、乗り込むと、ゆったりしたシートと、鮮明なディスプレイが、あたしをほっとさせてくれる。

 時空転移装置は、音も揺れもなく異次元空間に進入し、窓の外を無数の光の筋が高速で流れ始めた。異世界間の移動は、こうでなくっちゃ。


 「でも、どうして、M2415さん、あなたが助けに来てくれたの?」あたしが尋ねると、製造番号からして、多分、あたしより5歳くらい若いはずの相手は、「『怪談成立支援機構』が、救助に行く人手も足りないと言って、うちに頼んできたんです。それで、ヒマしてたボクが、行けって言われて。あっ、それから、差し支えなかったら、M2415じゃなくて、浩太って、呼んでくれませんか?仕事仲間からは、浩太って呼ばれるのに慣れてて、M2415って言われても、なんだか。自分じゃないみたいな・・・」男の声が、最後の方はしぼむ。


 「いいわ、浩太さん。あたしのことは、小梅って呼んでちょうだい」とあたしは答えた。あたしも、M2018より、小梅と呼ばれる方が、ずっと気分がいい。

「じゃあ、小梅先輩と呼ばせてください。小梅って、素敵な名前ですね」5歳も年下の男の子からでも、「素敵」と言われると、ちょっと胸が騒ぐ。


 「でも、井戸にフタされたなんて、全く想定外で、本当に、ついてないですね」浩太が自分のことのように言う。「実は、ボクも、つい最近、想定外に出くわして、ひどい目にあったんですよ。『花咲か爺さん』の『ここ掘れワンワン』の犬役で派遣されたんですけどね・・・ひと声吠えたら、お爺さんに抑え込まれて口輪をハメられちゃったんです」

「あら、じゃあ、お爺さんに宝を掘り出させるところまで行きつかなかったの?」

「ええ。まぁ、正確に言うと、『想定外』のせいだけでもないんですけど」と言って、浩太が決まりわるそうな顔になった。

 どうやら、本人自身もなにかドジを踏んだらしい。それが顔に出るあたり、正直な奴だ。あたしには、他人のミスをほじくり出す趣味はないので、「そうよ、この仕事は、うまく行かないことだらけ」と言って、話を打ち切ることにした。

 

 本当に、うまく行かないものだ。これで、あたしの減給と賞与天引きは確定だろう。それでも。仕方ない。『怪談成立支援機構』の応援で、また、あのガタピシのオンボロ時空転移装置に乘るのは、真っ平だ。

 あたしは、向こう1年間の節約生活のプランを練ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クローン・キャスト小梅、怪談に挑む 亀野あゆみ @ksnksn7923

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る