2.想定外

 ガタピシ、ギイギイ悲鳴を上げる時空転移装置の中で、あたしも、ヒイヒイ悲鳴を上げながら、それでも、なんとか、日本にたどり着いた。この時代は、江戸時代というらしい。昔話は、いつ起こったことだかわからないのが普通だが、怪談は、おおよそいつの時代の話と、決まっているらしい。


 『番町皿屋敷』には、色んなバージョンがあるそうだが、どれも共通なのは、お菊という女中が大事な皿をなくした罪を着せられ、斬られ、井戸に捨てられ、幽霊になるってことだと言う。その幽霊が井戸から出てきて、「いちま~い、にま~い・・・」と皿を数えるのが、この話のクライマックス。

 あたしは、頭の中の生体防護スイッチを入れれば、斬られても、落とされても痛みを感じないし、再生機能が働いて、すぐに元の身体に戻るから、荒っぽい目に遭わされることは心配じゃない。でも、やはり、初めての怪談となると、さすがに緊張した。


 お屋敷に女中奉公に上がった。罪を着せられ、斬られた。井戸に捨てられた。ここまでは、万事順調。

 ところが、井戸の底にある皿の数を見てぶっとんだ。二枚しかない!確か最大九枚まで数えるはずなのに。でも、すぐに仕掛けがわかった。皿を一枚ずつ右手と左手に持って、代わりばんこに繰り出せば、九枚どころか、無限に数えることができる。財政難の「日本怪談成立支援機構」は、こんなところでも費用を節約するわけだと、妙に感心してしまう。


 第一夜は大成功。屋敷のみなを怖がらせ、何人もに失禁させてやった。思ったより、簡単だった。あたしの緊張は、すっかりほぐれた。旅の疲れもあって、その夜は、ぐっすり眠った。


 第二夜、あたしが井戸から出ようとすると、井戸にフタがされてるじゃないか。全身の力で、下から押し上げようとする。脳内スイッチを筋力全開モードにして、間接がミシミシいいだすほど力を出しても、やっと2、3センチ、持ち上がる程度だ。

 屋敷の連中は、昨晩、よほど肝をつぶしたのだろう。二度と、あたしが出れ来られないようにと、重いフタをしたに違いない。

 

 フタをされるなんて展開は、「怪談成立支援機構」で聞かされた想定シナリオには、なかった。なんでだ?

 あゝと、あたしは、気づいた。「怪談成立支援機構」のクローンは、全員、フタや壁を潜り抜ける力を持っている。だから、井戸にフタをされても、それは、障害でも何でもない。だから、考えなかった。今回は、壁抜け力を持ってたいあたしがお菊を演じることを、コロリと忘れちまったのだろう。

 腹は立つが、ありがちなことでは、ある。仕方なく、あたしは、脳内に組み込まれた異次元間通信装置を使って、「怪談成立支援機構」にSOSを発信した。

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