取扱説明書は最後まで読まない

ちびまるフォイ

それは今知らなくていいこと!

箱を開けると、本体以上に分厚い冊子がついていた。


『人間取扱説明書(必読)』


「うわぁ……」


必読という漢字を見ると自動的に読まなくなる呪いを

前前前世から受けていたので説明書をさっそうとスルーした。


「ま、こんなものは慣れでわかるよ」


この鈍器を1文字残さず読むことよりも、

自分の体を動かして慣れていくほうがずっと早い。


さっそく体を動かしてみると今度は声が聞こえてきた。


『こんにちは! わたしはナビ!

 これから一緒にこの体の扱い方をチュートリアルで教えるね!』


『まずは一人で歩けるかな? あの位置まで歩いてみよう!』


「歩けるかなって馬鹿にしてんのか!」


脊髄反射でスキップボタンを連打した。

視界を塞いでいたナビが消える。


どうしてどこもこんなに過保護なんだ。


歩き方くらい感覚でわかるし、わからなくても学べるはずだ。

人間という存在の可能性を信じるべきだ。


「まったく、やっと開放されたぜ」



『チュートリアルをもう一度確認しますか?』


「いいかげんにしろーー!!」


ふたたび空に巨大な選択肢が現れたので

青空にロケットランチャーを打ち込んでこっぱ微塵に破壊した。



数日後、車に跳ね飛ばされて、転生総選挙にあぶれた俺は

やむなく現実世界の病院へと担ぎ込まれた。


「いたた……これは死ぬ……」


「大丈夫です。死にませんよ。最先端の人間には

 生まれた瞬間にナノマシンが注入されて自己治癒できるんです」


「え? そうなの?」


「我々医者の仕事といえば、患者に「大丈夫」と声をかけるくらいなもんです」


「いや、でもめっちゃ痛いんですけど!」


「それはあなたがまだナノマシンを使ってないからでしょう」


「どう使うんですか?」


「それは人それぞれです。私の場合はおしりにネギを突っ込んで

 アーメン! と叫ぶと、ナノマシン起動のスイッチになっています」


「恥辱という心の傷は直せそうもないな……。

 でも、俺はそんな方法知りませんよ」


「取扱説明書に書いてあるでしょう?」

「知らんがな!!」


慌てて家に戻って取扱説明書を探すも見つからない。

あんなバカでかいのに、一度なくすともう出てこない。


痛みは時間ごとにじわじわと広がって危機感を募らせる。


「あ、そうだ! サポートセンター!!」


からだのトラブルに関するサポートセンターに連絡をした。

これでもう大丈夫。


『こちら人体サポートセンターでございます。

 ご用件に応じて、ダイヤルを押してください。


 1:頭に関するもの

 2:指に関するもの

 3:わきに関するもの』


「ケガに関するのはないのか……」


聞こえやすいようにゆっくりしゃべる音声が今は腹立たしい。

それでも根気強く待ち続けた。


『 1024:毛に関するもの

  1025:けがに関するもの

  1026:爪に関するもの 』


「やっとあった!」


必死に待っただけあって、やっと「1025」を見つけて選ぶことができた。

ボタンを押すと、次の案内に移る。


『けがに関することですね。好きなのはどの部位ですか?


 1:足

 2:体

 3:かにみそ』



「毛ガニに関することじゃねぇか!!!」


怒りのあまり電話を握りつぶしてしまった。


「くそ! もうあの説明書を探すしかないのか!」


もうこれ以上の寄り道は許されない。

すでに精神的にも肉体的にも限界が迫り、カラータイマーがなり続けている。


「こ、これは……!?」


"Youtube なりかた"で検索したときに、ついに活路が見えた。


この世界にはありとあらゆる人間の取扱い方法をまとめた

アカシックレコードなる蔵書があるらしい。

それさえ使えば、俺のことも書かれている。


しかも、そのアカシックレコードがつい最近に出土されたとニュースまでやっている。


こんなチャンスは二度とない。


飛行機を飛ばして現地に向かう。


「おい! 誰だあいつは!!」

「警備! 不審者がアカシックレコードに近づいているぞ!!」


地上で警備する人たちを過ぎて、

ピラミッド奥にあるアカシックレコードのもとにパラシュート降下。


「これが……アカシックレコード……!」


全人類すべての取扱いを網羅した文書。


その大きさはいち個人の説明書と比にならないほど大きい。

1ページめくるのすら専用の機材が必要なほど。


出土されたまま放置されていたのも、運ぶことができなかったからだろう。


「これなら俺のことも書かれているはず!!」


今や失われた自分の取り扱い方法を調べて治療できるはず。


アカシックレコードをついに開いた。


『あなたは誰ですか

 1:おとこ

 2:おんな

 3:そのた』


『なまえはなんもじですか。

 該当のページへ飛んでください』


『今の悩みの系統について当てはまるものを選べ』


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


もうどれだけのときが経ったのか。


体はすっかり衰えて、記憶もおぼろげになっていた。

これまで選択し続けた数、数万分岐。


全人類を網羅するアカシックレコードから自分ひとりを探し出すのは、

砂浜の中からコンタクトレンズを探し当てるよりも木の遠くなる作業だった。


それでもついにアカシックレコードは終盤へと差し掛かっていた。


「ついに……ついに……俺のページにたどりつく……!

 これで自分の取扱いが……わかるんだ……!!」


最後の選択を終えて、アカシックレコード最後のページを開いた。




『 診断結果:あなたは『一匹オオカミ』タイプ 


  いつも一人だけど、ちょっぴり寂しがり屋さん。

  相性が良いのは『ITゴリラ』タイプだよ♪ 』

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