2-12「二人の契約者」


 時はわずかに遡り、宗一が部屋を出ていった直後となる。


 突然窓から獄島黄昏が土足で侵入してきた。


「な────むぐぅっ!?」


 幽也が驚きの声をあげる寸前に黄昏は人差し指を立てた。静かにしろ、と小声で言いながら。


「ねぇ♪ 君ってやっぱり最低だね?」


 黄昏は幽也の腹に思いきり拳を突き立てた。その痛みに悶絶する間に幽也を肩に担ぎ黄昏は窓の外に飛び出した。


「いやぁ、ボクは今回も迷える子猫ちゃん達の背中をちょいっと押しただけ。不純な目的でね♪」


 人間にしてはあり得ないほどの高速移動。何らかの魔術だろうが、いつ使ったのか幽也にはわからなかった。


「まあボクの目的はいい。彼女達の目的もいい。でも君の行動は、ダメだよぉ」


「何……だって?」


「君は破滅が見えるんでしょ? だったらどの行動がいけないのかわかった? わかるでしょお? そうだよ、詮索なんてしなけりゃ良かったの。彼女達には相互に不可侵の契約をさせたのに、君が」


「……?」


「……何言ってるんだって顔だ♪ 確かにあの子に言った、聞かせた。なのになんでこのバカに話しちゃったのかなぁ……ホント、ムカつく」


「訳が……わかんないよ、何の目的があってこんなことをしてるの?」


「目的? まあ、ボクも仕事なんだよ今回は。君が巻き込まれるように仕組んだけど、それはオマケ。今君が襲われてる件についてはボクの目的はあんまり関わってないよ♪ ついでついで♪」


「ついで、って」


「あぁ、もう、あれだけ君のお兄さんは勘が冴えてるのに、君と来たらホント愚図で阿呆でろくでもないね♪」


「……良いから早く言ってよ…………!!」


「上瀬咲菜の悪魔は後回しにして、もう一方の悪魔を片付けるのを一人でやってくれないかなぁ? 君が本当にあの子を好きなら、ね♪」


「……は?」


「──朝霞瑠華を救えって言ってるんだよド阿呆♪」


 黄昏は駆け続ける。


「ま、君たちの自業自得だけれど、ほんのちょっっとだけボクにも罪悪感というものがあるんだ。で? 命を懸けれるかな?」


「何が何だか分かんないけど、やるよ。やるしかないんでしょ?」


「そんなワケないじゃん? そもそもボクにとってこれは重大な利敵行為に当たるんだよぉ? だってボクにも所属する組織ってものがあるしぃ、寧ろ君に知らせてやる義理なんてもの、微塵もないんだよぉ?」


「それでも、朝霞さんが危険なんだよね? だったらやるよ」


「へぇ、そっかぁ──で、まあそう来るのは分かってたよ、。君にも契約があるもんね?」


「いって……」


 黄昏が立ち止まって幽也を投げ捨てた。背中を打った。折角収まってきていた腹部の痛みもぶり返し悶絶していた。


「………………」


 黄昏と対峙するようにフクメンと呼ばれた男が、茫然と突っ立っていた。


 幽也はその男の外見を観察した。細身の成人男性といった風体。ただの人間にしか、見えない。


「あっ、そっかぁ、まぁ意思の疎通なんて出来ないよね、出来損ないに」


 フクメンはふらふらと左右に揺れている。黄昏は嘲るような目を向け、それから思案するように目線を空へ向けた。


「んー♪ あの女の子にボクの行動が読まれるなんて事はないと思ってたけどぉ、そうじゃないね、これはただのオトモダチ保険だよねぇ? って聞いてもしょうがないか」


 フクメンはふらふらと左右に揺れている。


「でさぁ、護衛代わりのフクメンくぅん? 通してくれなぁい?」


「…………トオサナイ」


 フクメンの姿が掻き消える。その直後。


「あはぁ、結構割いてるんだねぇ♪ でも人程度の力じゃボクには届かないよ」


 黄昏が拳を振り抜き、いつの間にか正面に立っていたフクメンの頭を撃ち抜いていた。


 頭を失って倒れたフクメンの胸を踏み抜いて、黄昏は溜め息を吐く。それからフクメンの体が塵になって散るのを煩わしげに足で振り払った。


「はぁ、小麦粉粘土風情にボクが止められるわけないでしょお♪」


「……うわぁ」


「引かないでよぉ♪」


 黄昏の笑顔が怖かった。


「後で幽也君にもやってもらうんだよぉ? 悪魔殺し。朝霞瑠華の悪魔をね」


「そもそもどうして朝霞さんが悪魔を……?」


「…………そうだねぇ、やっぱりぃ、からじゃない?」


「辛かった……?」


「悪魔と契約なんてボクの経験則上、そういう人達しかしないからねぇ♪ で、幽也君」


「何──っわ!?」


「また担ぐよ、そして走っちゃう!!」


「ちょっと待っ」


「待たなぁい♪」


 ひょいと幽也を担ぎ上げ、また黄昏は走り出す。車より速く、幽也は急加速に一瞬意識が遠退いていたのを目敏く黄昏は気付いてくすくすと笑っていた。許さない。




「さて、まさか、もうこうなってたかー」


 煌々と赤が夜を照らしている。


 けたたましいサイレンが鳴り響いている。


 叫ぶような大声が右へ左へと交わされ、慌ただしく人が行き交っている。


「なに、これ」


 朝霞家に到着した幽也は、ただ呆然とそれらの光景を見ていた。警察車両が複数停車する傍ら、救急車に担ぎ込まれる複数の人間。


「何だよこれは!!」


「幽也君はいい反応するねぇ」


「いやこんなの見たら普通に訳分からないよ!! でもお前は何が起こったか、分かってるんでしょ」


「予想はついてるねぇ。うん」


「だったら」


「ごめん、手遅れだったねぇ♪」


「──うん。ごめんなさい、黄昏さん」


 家を囲む人垣とは別の方から現れた女子がぼそりと聞き取れないほどに小さな声でそう言った。


「…………朝霞さん……!?」


「ははっ、君は別に殺したかった訳じゃないんだよねぇ? で、そのザマぁ?」


「……お陰さまで」


 黄昏は嗤った。瑠華は右腕を上げた──肘から先の消失した腕を。


「で、幽也は、どうしてこんなところにいるの?」


 ことり、首をかしげる瑠華。


「え、それは」


 幽也と視線が合う。黒い光が、幽也の心臓を握り潰した。


「なんで、こんなところに、いるの。私は、咲菜を、幽也に任せたのに」


 呼吸ができないほどに、幽也の意識を瑠華が、彼女が放つ光が奪っていた。


「俺は、朝霞さんを助けに」


「そんなの、いらない。帰って」


「あーあ、仕方ないなぁ♪ 幽也君、要らないって」


「黄昏さん、幽也を家に返してあげて」


「まあ君に言われちゃったら仕方ないなぁ♪」


「え」


「私の事はもう良いから」


「待って、そもそもなんで、腕が」


「死んでないし別に良くない? でしょ?」


「そういうわけだから。幽也、さようなら」


 黄昏が指を鳴らす。幽也は、視界が歪むのを感じて、何かしないと手遅れになるという思いに突き動かされて叫んだ。


「待っ─────」

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魔は夜より来る リョウゴ @Tiarith

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